万葉集 巻第十四 3512〜3516番
一嶺ろに 言はるものから
国名未詳の東歌の相聞。雲に寄せる歌。一つの嶺と言われながら青嶺にただよう雲のように寄り添わない妻よという歌、夕方になっても山を去らない布雲のように絶えまいと言った子はという歌、高い峰に雲が付くように私も君に付こうという歌、私の顔を忘れる時は国からあふれて峰に立つ雲を見て偲べという歌、対馬の嶺の上にたなびく雲を見て偲ぼうという歌。
場面イラスト(準備中)
題詞東歌(相聞)
- 1一一ひと嶺嶺ねろろろににに比登禰呂爾3512
- 2言言いはるはるわるものものものからからから伊波流毛能可良
- 3青青あお嶺嶺ねろろろににに安乎禰呂爾
- 4いさよふいさよふいさよう雲雲くもののの伊佐欲布久母能
- 5よそりよそりよそり妻妻づまはははももも余曾里都麻波母
- 6夕夕ゆうささされれればばば由布佐禮婆3513
- 7みみみ山山やまををを去去さらららぬぬぬ美夜麻乎左良奴
- 8布布にぬ雲雲ぐもののの爾努具母能
- 9何何あぜかかか絕絕たえええむむんととと安是可多要牟等
- 10言言いひひいししし兒兒ころろろはははももも伊比之兒呂婆母
- 11高高たかききき峰峰ねににに多可伎禰爾3514
- 12雲雲くもののの著著つくくく如如のすすす久毛能都久能須
- 13我我われさへさへさへににに和禮左倍爾
- 14君君きみににに著著つきききなななななな伎美爾都吉奈那
- 15高高たか峰峰ねととと思思もひひいててて多可禰等毛比氏
- 16我我あががが面面おもののの阿我於毛乃3515
- 17忘忘わすれれれむむん時時しだははは和須禮牟之太波
- 18國國くに溢溢はうりりり久爾波布利
- 19峰峰ねににに立立たつつつ雲雲くもををを禰爾多都久毛乎
- 20見見みつつつつつつ偲偲しぬばばばせせせ見都追之努波西
- 21對馬對馬つしまののの嶺嶺ねははは對馬能禰波3516
- 22下下した雲雲ぐもあらあらあらなふなふなう之多具毛安良南敷
- 23上上かむののの嶺嶺ねににに可牟能禰爾
- 24たなびくたなびくたなびく雲雲くもををを多奈婢久君毛乎
- 25見見みつつつつつつ偲偲しぬばばばももも見都追思怒波毛
現代語訳
〔3512〕同じ一つの嶺のように一緒だと言われていながら、青嶺にただよう雲のように、寄り添ってこない妻であることよ。
〔3513〕夕方になると山を去らずにかかっている布のような雲のように、どうして絶えようかと言ったあの子は、どうしたことか。
〔3514〕高い峰に雲がつくように、私もあなたにつきたい。あなたを高い峰と思って。
〔3515〕私の顔を忘れる時には、国からあふれるように峰に立つ雲を見ながら、偲んでください。
〔3516〕対馬の嶺には下の方に雲がかかっていない。上の嶺にたなびく雲を見ながら偲ぼう。
意訳
国名の分からない東歌の相聞で、雲に寄せて恋を詠む歌が続く。噂されながら寄り添ってこない妻を雲にたとえる歌、絶えまいと言った恋人を山の雲に寄せて思う歌、峰につく雲のように恋人に寄り添いたいという歌、別れても峰に立つ雲を見て自分を偲べという歌、対馬の嶺の雲を見て故郷を偲ぶ防人の歌である。
語釈・文法注
文法・本文
- 一嶺ろ
- 「ひとねろ」。一つの嶺。
- 言はるものから
- 言われながら。
- いさよふ
- ただよう、ためらう。
- よそり妻
- 寄せられる妻、噂の相手。
- 布雲
- 「にぬぐも」。布のように白くたなびく雲。
- 著く如す
- 「つくのす」。つくように。
- 著きなな
- 「つきなな」。つきたい。東国方言。
- 國溢り
- 「くにはふり」。国からあふれ出るように。
- 下雲あらなふ
- 「したぐもあらなふ」。下に雲がない。
- 上の嶺
- 「かむのね」。上の方の嶺。
- 偲ばも
- 「しぬばも」。偲ぼう。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十四・相聞・3512〜3516番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 東歌の相聞。作者未詳。国名未詳。3516番は対馬に赴いた防人の歌か。
修辞
- 譬喩
- 雲に寄せて恋の思いを詠む。
- 序詞
- 3513番の「夕さればみ山を去らぬ布雲の」。
解説
3515・3516番は、別れた人の面影を雲に託す発想で、防人の歌とする説がある。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、543頁(コマ64)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、632頁(コマ80)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日