万葉集 巻第十四 3500〜3503番
紫草は 根をかも竟ふる
国名未詳の東歌の相聞。紫草は根を終えるが、人の子のいとしい子と寝ることは終えられないという歌、安波の小田に生える多波美蔓のように、引けば寄って来て、私とのことを絶やすなという歌、私の目の妻を人は引き離すが、朝顔のように年月がたっても離れようかという歌、安齊可潟の潮干のようにゆったりと思っていたら、朮の花のように顔色に出ようかという歌。
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題詞東歌(相聞)
- 1紫草紫草むらさきははは牟良佐伎波3500
- 2根根ねをををかもかもかも竟竟おふるふるうる根乎可母乎布流
- 3人人ひとののの兒兒こののの比等乃兒能
- 4うらうらうらがなしがなしがなしけけけををを宇良我奈之家乎
- 5寢寢ねををを竟竟おへへへなくなくなくににに禰乎遠敝奈久爾
- 6安波安波あわをををろろろののの安波乎呂能3501
- 7をををろろろ田田だににに生生おはるはるわる乎呂田爾於波流
- 8多波美蔓多波美蔓たわみずら多波美豆良
- 9引引ひかかかばばばぬるぬるぬるぬるぬるぬる比可婆奴流奴留
- 10吾吾あををを言言ことななな絕絕たえええ安乎許等奈多延
- 11我我わががが目目め妻妻づま和我目豆麻3502
- 12人人ひとははは放放さくれくれくれどどど比等波左久禮杼
- 13朝朝あさ貌貌がおののの安佐我保能
- 14年年としさへさへさへこここごごごととと等思佐倍己其登
- 15吾吾わははは放放さかるるるがへがへがへ和波佐可流我倍
- 16安齊可安齊可あせか潟潟がた安齊可我多3503
- 17潮潮しお干干ひののの緩緩ゆたににに志保悲乃由多爾
- 18思思おもへへえらららばばば於毛敝良婆
- 19朮朮うけらががが花花はなののの宇家良我波奈乃
- 20色色いろににに出出でめめめやもやもやも伊呂爾氏米也母
現代語訳
〔3500〕紫草は根を掘り尽くすことがあろうか。人の子のいとしいあの子と寝ることは、尽くすことがないのに。
〔3501〕安波の峰の小田に生える多波美蔓のように、引けばするすると寄って来て、私とのことを絶やさないでくれ。
〔3502〕私が目にかけている妻を、人は引き離すけれど、朝顔のように、年月が過ぎても私は離れたりしようか。
〔3503〕安齊可潟の潮が引いたように、ゆったりと思っていたなら、朮の花のように顔色に出すことがあろうか。
意訳
国名の分からない東歌の相聞の続きである。いとしい子との共寝は尽きることがないという歌、蔓草のように引けば寄り添って仲を絶やすなという歌、人が仲を裂こうとしても離れないという歌、ゆったり構えていれば恋心が顔に出ることもないのにという歌である。
語釈・文法注
文法・本文
- 竟ふる
- 「をふる」。終える、尽くす。
- うらがなしけ
- 心にいとしい。
- 寢を竟へなくに
- 寝ることを尽くさないのに。
- をろ田
- 「をろだ」。峰の田、または小田。
- 生はる
- 「おはる」。生える。東国方言。
- 多波美蔓
- 「たはみづら」。つる草の一種。
- 目妻
- 「めづま」。目にかけている妻。
- こごと
- 語義未詳。
- 安齊可潟
- 「あせかがた」。所在未詳の干潟。
- 緩に
- 「ゆたに」。ゆったりと。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十四・相聞・3500〜3503番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 東歌の相聞。作者未詳。国名未詳。
修辞
- 序詞
- 3501番の「安波をろのをろ田に生はる多波美蔓」、3503番の「安齊可潟潮干の」。
解説
3503番の「朮が花の色に出」は、3376番にも見える東歌の慣用句である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、542頁(コマ64)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、630頁(コマ79)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日