万葉集 巻第十四 3494〜3496番
兒毛知山 若鷄冠木の
国名未詳の東歌の相聞。子持山の楓の若葉が紅葉するまで共寝をしたいと私は思う、お前はどう思うかという歌、伊波保の傍の若松のように、もうこれまでとあなたは来ないのか、心細いという歌、橘の古婆の少女が私を思っているだろう、その心がいとしい、さあ行こうという歌。
場面イラスト(準備中)
題詞東歌(相聞)
- 1兒毛知兒毛知こもち山山やま兒毛知夜麻3494
- 2若若わか鷄冠木鷄冠木かえるでののの和可加敝流氏能
- 3もみづもみづもみずまでまでまで毛美都麻氏
- 4宿宿ねもももととと吾吾わははは思思もふふう宿毛等和波毛布
- 5汝汝なははは何何あどどどかかか思思もふふう汝波安杼可毛布
- 6伊波保伊波保いわおろろろののの伊波保呂乃3495
- 7傍傍そいののの若若わか松松まつ蘇比能和可麻都
- 8かぎりかぎりかぎりとととややや可藝里登也
- 9君君きみががが來來きまさまさまさぬぬぬ伎美我伎麻左奴
- 10うらうらうらもとなもとなもとなくくくももも宇良毛等奈久毛
- 11橘橘たちばなののの多知婆奈乃3496
- 12古婆古婆こばのののはなりはなりはなりががが古婆乃波奈里我
- 13思思おもふふうなむなむなん於毛布奈牟
- 14心心こころ愛愛うつくししし己許呂宇都久志
- 15いでいでいで吾吾あれははは行行いかかかななな伊氏安禮波伊可奈
現代語訳
〔3494〕子持山の楓の若葉が紅葉するまで、共寝をしたいと私は思う。お前はどう思うか。
〔3495〕伊波保の傍らの若松のように、もうこれまでというのか、あなたはおいでにならない。心細いことだ。
〔3496〕橘の古婆の少女が、私を思っているだろう。その心がいとしい。さあ、私は行こう。
意訳
国名の分からない東歌の相聞の続きである。楓が若葉から紅葉するまでずっと共寝をしたいと誘う歌、もう来ない恋人を待つ心細さを詠む歌、自分を思ってくれる少女の心がいとしくて会いに行こうという歌である。
語釈・文法注
文法・本文
- 兒毛知山
- 「こもちやま」。上野国の子持山か。
- 鷄冠木
- 「かへるで」。楓。葉の形が蛙の手に似ることから。
- もみづ
- 紅葉する。
- 宿もと
- 寝ようと。「も」は「む」の東国方言。
- 何どか
- 「あどか」。どう。
- 伊波保
- 「いはほ」。地名か、あるいは巌。
- かぎりとや
- これまでというのか。
- うらもとなくも
- 心細いことよ。
- 古婆
- 「こば」。地名。
- はなり
- 髪を結い上げない少女。
- 思ふなむ
- 思っているだろう。「なむ」は「らむ」の東国方言。
- 心愛し
- 「こころうつくし」。心がいとしい。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十四・相聞・3494〜3496番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 東歌の相聞。作者未詳。国名未詳。
修辞
- 序詞
- 3495番の「伊波保ろの傍の若松」が「かぎり」を導くか。
解説
3494番の「若鷄冠木のもみづまで」は、若葉から紅葉までという長い時間を表す。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、542頁(コマ64)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、630頁(コマ79)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日