万葉集 巻第十四 3460〜3464番
誰ぞこの 屋の戸押そぶる
国名未詳の東歌の相聞。新嘗の夜に夫を外に出して身を慎んでいるのに戸を押すのは誰かという歌、本当に逢わないのに日が暮れて夜は来ずに夜明けが来るという歌、山沢人の多い中でまなという子がいとしいという歌、遠い野で逢えばよいのに里の真ん中で逢った夫だという歌、人の噂がうるさいので同じ枕をしないでいられようかという歌。
場面イラスト(準備中)
題詞東歌(相聞)
- 1誰誰たれぞぞぞこここののの多禮曾許能3460
- 2屋屋やののの戸戸と押押おそぶるそぶるそぶる屋能戸於曾夫流
- 3新嘗新嘗にゅうなみににに爾布奈美爾
- 4我我わががが背背せををを遣遣やりりりててて和我世乎夜里氏
- 5齋齋いわふふうこここののの戸戸とををを伊波布許能戸乎
- 6何何あぜととと云云いへへえかかか安是登伊敝可3461
- 7眞眞さねににに逢逢あははわなくなくなくににに佐宿爾安波奈久爾
- 8眞眞ま日日ひ暮暮くれれれててて眞日久禮氏
- 9夜夜よなななははは來來こ無無なににに與比奈波許奈爾
- 10明明あけけけぬぬぬ時時しだ來來くるるる安家奴思太久流
- 11あしひきあしひきあしひきののの安志比奇乃3462
- 12山山やま澤澤さわ人人びとののの夜末佐波妣登乃
- 13人人ひと多多さわににに比登佐波爾
- 14まなまなまなととといふいふいう兒兒こががが麻奈登伊布兒我
- 15あやあやあやににに愛愛かなしさしさしさ安夜爾可奈思佐
- 16ままま遠遠どおくくくののの麻等保久能3463
- 17野野のにににももも逢逢あははわなむなむなん野爾毛安波奈牟
- 18心心こころなくなくなく己許呂奈久
- 19里里さとののの眞眞み中中なかににに佐刀乃美奈可爾
- 20逢逢あへへえるるる夫夫せなかもかもかも安敝流世奈可母
- 21人人ひと言言ごとののの比登其等乃3464
- 22繁繁しげきききににによりよりよりててて之氣吉爾余里氏
- 23眞眞ま小小お薦薦ごもののの麻乎其母能
- 24同同おやじじじ枕枕まくらははは於夜自麻久良波
- 25吾吾わははは纏纏まかかかじじじやもやもやも和波麻可自夜毛
現代語訳
〔3460〕誰だろう、この家の戸を押して揺するのは。新嘗の祭りに夫を外に出して、身を慎んでいるこの戸を。
〔3461〕どういうわけか、本当に逢ってもいないのに、日が暮れても夜は来ないで、夜の明ける時が来てしまう。
〔3462〕(あしひきの)山沢の人々は大勢いるが、その中で、まなという子がむやみにいとしい。
〔3463〕遠い野ででも逢えばよいのに、無遠慮に里の真ん中で逢った夫であることよ。
〔3464〕人の噂がうるさいからといって、真小薦の同じ枕を、私はしないでいられようか。
意訳
国名の分からない東歌の相聞の続きである。新嘗の夜に忌み籠もる女の戸を押す者を問う歌、逢えないまま夜明けを迎える嘆き、大勢の中でまなという子がいとしいという歌、里の真ん中で逢って人目に立つことを困る歌、噂を気にせず共寝しようという歌である。
語釈・文法注
文法・本文
- 押そぶる
- 「おそぶる」。押して揺する。
- 新嘗
- 「にふなみ」。新穀を神に供える祭り。その夜、女は家に籠もって身を慎む。
- 齋ふ
- 「いはふ」。身を慎む。
- 何と
- 「あぜと」。どうして。
- 眞に
- 「さねに」。本当に。
- 來無に
- 「こなに」。来ないで。
- 時
- 「しだ」。時。東国方言。
- 人多に
- 「ひとさはに」。人がたくさん。
- ま遠く
- はるかに遠く。
- 逢はなむ
- 逢ってほしい。
- 眞小薦
- 「まをごも」。小さな薦(こも)。
- 同じ枕
- 「おやじまくら」。同じ枕。共寝。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十四・相聞・3460〜3464番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 東歌の相聞。作者未詳。国名未詳。
修辞
- 問いかけ
- 3460番は「誰ぞ」と問いかけて始める。
解説
3460番は、新嘗の夜に女が家に籠もり男子を外に出したという東国の祭祀の習俗を伝える。3386番とも通じる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、539頁(コマ62)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、625頁(コマ76)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日