万葉集 巻第十四 3455〜3459番
戀しけば 來ませ我が背子
国名未詳の東歌の相聞。恋しいなら来てください、垣内の柳の芽を摘んで待っていようという歌、世間の噂がうるさくても私を悪く言わないでという歌、都の宮仕えの夫に大和の女の膝枕のたびに私を忘れるなという歌、岡の道を中途で引き返して泣かせるなという歌、稲を舂いてひび割れた私の手を殿の若君が取って嘆くだろうかという歌。
場面イラスト(準備中)
題詞東歌(相聞)
- 1戀戀こいしけしけしけばばば古非思家婆3455
- 2來來きませませませ我我わががが背背せ子子こ伎麻世和我勢古
- 3垣內垣內かきつ柳柳やぎ可伎都楊疑
- 4末末うれ摘摘つみみみからからからししし宇禮都美可良思
- 5我我われ立立たちちち待待またたたむむん和禮多知麻多牟
- 6うつせみうつせみうつせみののの宇都世美能3456
- 7八十八十やそ言言ことのののへへへははは夜蘇許登乃敝波
- 8繁繁しげくくくともともとも思氣久等母
- 9爭爭あらそひひいかねかねかねててて安良蘇比可禰氏
- 10吾吾あをををことことことなすなすなすななな安乎許登奈須那
- 11うちうちうち日日ひさすさすさす宇知日佐須3457
- 12宮宮みやののの吾吾わががが背背せははは美夜能和我世波
- 13大和女大和女やまとめののの夜麻登女乃
- 14膝膝ひざ枕枕まくくくごとごとごとににに比射麻久其登爾
- 15吾吾あををを忘忘わすらららすすすななな安乎和須良須奈
- 16汝兄汝兄なせののの子子こややや奈勢能古夜3458
- 17等里等里とりののの岡岡おか道道じししし等里乃乎加耻志
- 18中中なか折折だおれれれ奈可太乎禮
- 19吾吾あををを哭哭ねししし泣泣なくくくよよよ安乎禰思奈久與
- 20息息いき衝衝ずくくくまでまでまでににに伊久豆君麻氏爾
- 21稻稻いね舂舂つけけけばばば伊禰都氣波3459
- 22皹皹かかるるる我我あががが手手てををを可加流安我手乎
- 23今宵今宵こよいもももかかか許余比毛可
- 24殿殿とのののの稚子稚子わくごががが等能乃和久胡我
- 25取取とりりりててて嘆嘆なげかかかむむん等里氏奈氣可武
現代語訳
〔3455〕恋しいなら、いらしてください、あなた。垣根の内の柳の芽を摘み枯らすほどに、私は立って待っていましょう。
〔3456〕世間の人のさまざまな噂はうるさくても、言い争いかねて、私のことを悪く言わないでください。
〔3457〕(うち日さす)都の宮に仕えるわが夫よ、大和の女の膝を枕にするたびに、私を忘れないでください。
〔3458〕あなたよ、等里の岡の道を途中で引き返して、私を声をあげて泣かせるよ。ため息をつくほどに。
〔3459〕稲をついてひびの切れた私の手を、今夜もお屋敷の若君が取って、嘆かれることだろうか。
意訳
国名の分からない東歌の相聞のはじめである。柳の芽を摘みながら恋人を待つ歌、噂に負けて私を悪く言うなという歌、都に仕える夫に大和の女のもとで私を忘れるなという歌、途中で引き返す恋人に泣かされる歌、稲つきでひびの切れた手を若君が取って嘆くだろうという、身分違いの恋を詠む歌である。
語釈・文法注
文法・本文
- 垣內柳
- 「かきつやぎ」。垣の内の柳。
- 末摘みからし
- 「うれつみからし」。芽を摘み枯らして。
- 八十言のへ
- 「やそことのへ」。さまざまな噂。
- ことなす
- 言いたてる、悪く言う。
- 宮の吾背
- 宮仕えをしている私の夫。衛士などとして都に上った夫か。
- 汝兄
- 「なせ」。あなた。親しい男への呼びかけ。
- 中だをれ
- 途中で引き返して、の意か。
- 皹る
- 「かかる」。ひびが切れる。
- 稚子
- 「わくご」。若君。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十四・相聞・3455〜3459番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 東歌の相聞。作者未詳。国名未詳。
修辞
- 対比
- 3457番は「宮の吾背」と「大和女」を対比する。
解説
3459番は稲つきをする娘と屋敷の若君との恋を詠み、東国の労働の場から生まれた歌として名高い。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、539頁(コマ62)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、625頁(コマ76)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日