万葉集 巻第十四 3442〜3446番
東路の 手兒の呼坂
国名未詳の東歌の雑歌。手児の呼坂を越えかねて山に寝るのか宿もなしにという歌、青柳が芽を張って立っているのを見ると物思いが湧くという歌、岡の韮を摘んでも籠に満たないので夫と一緒に摘んでほしいという歌、湊の葦の中の玉小菅を苅って来て床の隔てにしてほしいという歌、妹が使う河津の荻のように悪いと一言言ったらしいという歌。
場面イラスト(準備中)
題詞東歌(雑歌)
- 1東東あずま路路じののの安豆麻治乃3442
- 2手兒手兒てこののの呼呼よび坂坂さか手兒乃欲妣左賀
- 3越越こえええかねかねかねててて古要我禰氏
- 4山山やまにににかかか宿宿ねむむむももも夜麻爾可禰牟毛
- 5宿宿やどりははは無無なしししににに夜杼里波奈之爾
- 6うらうらうらももも無無なくくく宇良毛奈久3443
- 7我我わががが行行ゆくくく道道みちににに和我由久美知爾
- 8青青あお柳柳やぎののの安乎夜宜乃
- 9張張はりりりててて立立たてててれれればばば波里氏多氏禮婆
- 10ものものもの思思もひひい出出ずつつつももも物能毛比豆都母
- 11伎波都久伎波都久きわつくののの伎波都久乃3444
- 12岡岡おかののの莖莖くく韮韮みら乎加能久君美良
- 13我我われ摘摘つめめめどどど和禮都賣杼
- 14籠籠こにににももも滿滿みたたたなふなふなう故爾毛美多奈布
- 15夫夫せなととと摘摘つまままさささねねね西奈等都麻佐禰
- 16湊湊みなとのののややや美奈刀能也3445
- 17葦葦あしがががなかなかなかなるなるなる安之我奈可那流
- 18玉玉たま小小こ菅菅すげ多麻古須氣
- 19苅苅かりりり來來こわわわががが背背せ子子こ可利己和我西古
- 20床床とこののの隔隔へだしににに等許乃敝太思爾
- 21妹妹いもなろなろなろががが伊毛奈呂我3446
- 22つかふつかふつかう河津河津かわずののの都可布河泊豆乃
- 23ささらささらささら荻荻おぎ佐左良乎疑
- 24あしあしあしととと一一ひと言言こと安志等比登其等
- 25語語かたりりりよらよらよらしししももも加多理與良斯毛
現代語訳
〔3442〕東路の手児の呼坂を越えかねて、山で寝ることになるのだろうか。宿もないのに。
〔3443〕何の心もなく私が行く道に、青柳が芽をふくらませて立っているので、物思いがわき起こってくる。
〔3444〕伎波都久の岡の茎韮を私は摘むけれど、籠にもいっぱいにならない。夫と一緒にお摘みなさい。
〔3445〕湊の葦の中にある玉小菅を苅って来てください、あなた。床の隔てにしましょう。
〔3446〕いとしい人が使う河津のささら荻ではないが、「あし(悪し)」と一言言ったらしい。
意訳
国名の分からない東歌の雑歌の続きである。峠を越えかねて山で寝るのかと案じる旅の歌、芽ぐむ青柳を見て物思いにふける歌、韮摘みの娘をからかう歌、玉小菅を苅って床の隔てにしてほしいと夫に頼む歌、荻(あし)にかけて相手が悪口を言ったらしいと気にする歌である。
語釈・文法注
文法・本文
- 手兒の呼坂
- 「てこのよびさか」。駿河国の坂とする説がある。手児(娘)が恋人を呼んだという伝説の坂。
- うらも無く
- 何の心もなく。
- 張りて立てれば
- 芽をふくらませて立っているので。
- 伎波都久
- 「きはつく」。地名。所在未詳。
- 莖韮
- 「くくみら」。茎の立った韮。
- 滿たなふ
- 満たない。「なふ」は東国方言の打消。
- 夫
- 「せな」。夫、恋人。
- 床の隔
- 「とこのへだし」。寝床の仕切り、または敷物。
- ささら荻
- 小さな荻。「あし」を導く。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十四・雑歌・3442〜3446番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 東歌の雑歌。作者未詳。国名未詳。
修辞
- 序詞
- 3446番の「妹なろがつかふ河津のささら荻」が「あし」を導く。
解説
3444番は、野で若菜や韮を摘む娘たちの労働歌の趣がある。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、538頁(コマ62)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、624頁(コマ76)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日