万葉集 巻第十四 3429〜3433番
遠江 引佐細江の
東歌の譬喩歌。引佐細江の澪標のように私を頼りにさせておいて浅い心だったという遠江の歌、志太の浦の船はわけもなく漕ぐだろうか、わけがあるのだという駿河の歌、足柄の安伎奈の山で引く船のように後ろ髪を引かれるという歌、足柄の可鷄山の穀の木のように私を誘ってほしいという歌、鎌倉山の木垂る木を待つと言ってくれたなら恋い続けていようかという相模の歌三首。
場面イラスト(準備中)
題詞東歌(譬喩歌)
- 1遠江遠江とおつおうみ等保都安布美3429 遠江國
- 2引佐引佐いなさ細細ほそ江江えののの伊奈佐保曾江乃
- 3澪標澪標みおつくし水乎都久思
- 4吾吾あれををを憑憑たのめめめててて安禮乎多能米氏
- 5あさましあさましあさましものものものををを安佐麻之物能乎
- 6志太志太しだののの浦浦うらををを斯太能宇良乎3430 駿河國
- 7朝朝あさ漕漕こぐぐぐ船船ふねははは阿佐許求布禰波
- 8よしよしよしなしなしなしににに與志奈之爾
- 9漕漕こぐぐぐらめらめらめかもかもかもよよよ許求良米可母與
- 10よしよしよしこさこさこさるるるらめらめらめ余志許佐流良米
- 11足柄足柄あしがりののの阿之我里乃3431 相模國
- 12安伎奈安伎奈あきなののの山山やまににに安伎奈乃夜麻爾
- 13引引ひこここ船船ふねののの比古布禰乃
- 14後後しり引引ひかかかしししもももよよよ斯利比可志母與
- 15幾許幾許ここば來來こ難難がたににに許己波故賀多爾
- 16足柄足柄あしがりののの阿之賀利乃3432 相模國
- 17吾吾わををを可鷄可鷄かけ山山やまののの和乎可雞夜麻能
- 18穀穀かずののの木木きののの可頭乃木能
- 19我我わをををかづさかづさかずさねねねももも和乎可豆佐禰母
- 20かづさかづさかずさかずかずかずともともとも可豆佐可受等母
- 21薪薪たきぎ樵樵こるるる多伎木許流3433 相模國
- 22鎌倉鎌倉かまくら山山やまののの可麻久良夜麻能
- 23木木こ垂垂だるるる木木きををを許太流木乎
- 24まつまつまつととと汝汝なががが言言いははわばばば麻都等奈我伊波婆
- 25戀戀こひひいつつつつつつややや在在あらららむむん古非都追夜安良牟
現代語訳
〔3429〕遠江の引佐細江の澪標のように、私を頼りにさせておいて、浅い心であったものを。
〔3430〕志太の浦を朝漕ぐ船は、わけもなく漕ぐだろうか。わけがあって漕いでいるのだろう。
〔3431〕足柄の安伎奈の山で引く船のように、後ろに引かれる思いがすることよ。ひどく来にくいので。
〔3432〕足柄の可鷄山の穀の木のように、私を誘ってほしい。誘いかねていても。
〔3433〕薪を切る鎌倉山の枝の垂れた木を「待つ(松)」とお前が言うならば、恋い続けていようか。
意訳
東歌の譬喩歌で、物にたとえて恋を詠む。澪標のように頼りにさせておきながら浅い心だった相手を恨む歌、船がわけあって漕ぐように自分にもわけがあるという歌、山で船材を引くように後ろ髪を引かれる歌、穀の木に寄せて誘ってほしいと願う歌、「松」に「待つ」を掛けて待つと言ってくれるなら恋い続けようという歌である。
語釈・文法注
文法・本文
- 引佐細江
- 「いなさほそえ」。遠江国引佐郡の入江。浜名湖の奥。
- 澪標
- 「みをつくし」。水路を示す杭。「身を尽くし」を掛けることが多い。
- あさまし
- 浅い、思いの浅い。
- 志太の浦
- 「しだのうら」。駿河国志太郡の海岸。
- よし
- わけ、理由。
- こさる
- 語義未詳。
- 引こ船
- 「ひこふね」。山から引き下ろす船材。
- 後引かしもよ
- 「しりひかしもよ」。後ろに引かれることよ。
- 幾許來難に
- 「ここばこがたに」。ひどく来にくいので。
- 穀の木
- 「かづのき」。楮(こうぞ)の類。「かづさね」を導く。
- かづさね
- 誘ってほしい、の意か。
- 木垂る
- 「こだる」。枝が垂れる。
- まつ
- 「松」に「待つ」を掛ける。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十四・譬喩歌・3429〜3433番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 東歌の譬喩歌。作者未詳。遠江・駿河・相模国の歌。
修辞
- 譬喩
- 澪標・船・穀の木・松などにたとえる。
- 掛詞
- 3433番の「まつ」に「松」と「待つ」。
解説
3429番の引佐細江は浜名湖北部の細江で、澪標を詠んだ早い例である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、536頁(コマ61)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、621頁(コマ74)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日