万葉集 巻第十四 3416〜3419番
上毛野 可保夜が沼の
上野国の相聞歌。可保夜が沼のいわいづらのように、引けば切れながらも私との仲を絶やすなという歌、伊奈良の沼の大藺草のように、よそに見ていた頃より今のほうがまさるという歌、佐野田の苗のように占いで事を決めた、今はどうしようもないという歌、伊香保の風が夜中に吹き下ろすように、私を忘れてしまうのかという歌。
場面イラスト(準備中)
題詞東歌(相聞)上野國
- 1上毛野上毛野かみつけぬ可美都氣努3416
- 2可保夜可保夜かほやががが沼沼ぬまののの可保夜我奴麻能
- 3伊波爲都良伊波爲都良いわいずら伊波爲都良
- 4引引ひかかかばばば離離ぬれれれつつつつつつ比可波奴禮都追
- 5吾吾あをををななな絕絕たえええそそそねねね安乎奈多要曾禰
- 6上毛野上毛野かみつけぬ可美都氣奴3417
- 7伊奈良伊奈良いならののの沼沼ぬまののの伊奈良能奴麻能
- 8大大おお藺藺い草草ぐさ於保爲具左
- 9よそよそよそににに見見みしししよよよははは與曾爾見之欲波
- 10今今いまこそこそこそ勝勝まされれれ伊麻許曾麻左禮
- 11上毛野上毛野かみつけぬ可美都氣努3418
- 12佐野佐野さの田田だののの苗苗なえののの佐野田能奈倍能
- 13群群むら苗苗なえににに武良奈倍爾
- 14事事ことははは定定さだめめめつつつ許登波佐太米都
- 15今今いまははは如何如何いかにににせせせももも伊麻波伊可爾世母
- 16伊香保伊香保いかほ風風かぜ伊可保加世3419
- 17夜中夜中よなか吹吹ふききき下下おろししし欲奈可吹下
- 18思思おもひひいどろどろどろ於毛比度路
- 19隈隈くま越越こそそそしししつつつととと久麻許曾之都等
- 20忘忘わすれれれ爲爲せなふなふなうももも和須禮西奈布母
現代語訳
〔3416〕上野の可保夜が沼のいわいづらのように、引けばするすると抜けながらも、私との仲を絶やさないでおくれ。
〔3417〕上野の伊奈良の沼の大藺草のように、よそながら見ていた時よりも、今こそいとしさがまさっている。
〔3418〕上野の佐野田の苗の群苗で占って、事はもう決めてしまった。今はどうしようもない。
〔3419〕伊香保の風が夜中に吹き下ろすように、思い乱れて、奥深くに秘めた思いを越えてしまったと、忘れることはないよ。
意訳
上野国の相聞歌の続きである。いわいづらのように抜けやすくても仲を絶やすなという歌、よそに見ていた頃より結ばれた今のほうがいとしいという歌、苗の占いで相手を決めた以上もうどうしようもないという歌、伊香保の風のような激しい思いを詠む歌である。
語釈・文法注
文法・本文
- 可保夜が沼
- 「かほやがぬま」。上野国の沼。所在未詳。
- 離れつつ
- 「ぬれつつ」。抜けながら。
- 大藺草
- 「おほゐぐさ」。ふとい(太藺)。
- よそに見しよは
- よそながら見ていた時よりは。
- 群苗
- 「むらなへ」。苗の束。苗を用いた占いか。
- 如何にせも
- どうしようか。「せむ」の東国方言。
- 思ひどろ
- 語義未詳。思い乱れて、の意か。
- 隈越そしつ
- 語義未詳。
- 忘れ爲なふも
- 忘れはしないよ。「なふ」は東国方言の打消。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十四・相聞・3416〜3419番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 東歌の相聞。作者未詳。上野国の歌。3417番は柿本人麻呂歌集の歌。
修辞
- 序詞
- 3416番の「可保夜が沼の伊波爲都良」、3417番の「伊奈良の沼の大藺草」、3418番の「佐野田の苗の」。
解説
3419番は語義の未詳な語が多く、古来難解歌とされる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、535頁(コマ60)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、620頁(コマ74)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日