万葉集 巻第十四 3411〜3415番
多胡の嶺に 寄綱延へて
上野国の相聞歌。多胡の嶺に綱をかけて引き寄せても来ないのは顔がよいからかという歌、久路保の嶺の葛葉のようにいとしい子から遠ざかって来たという歌、利根川の瀬も知らずに渡って波に逢うように逢った君だという歌、伊香保の堰に立つ虹のように人に知られるまで共寝したならという歌、伊香保の沼の水葱の種を求めたのはこう恋するためだったかという歌。
場面イラスト(準備中)
題詞東歌(相聞)上野國
- 1多胡多胡たごののの嶺嶺ねににに多胡能禰爾3411
- 2寄寄よせ綱綱づな延延はへへへててて與西都奈波倍氏
- 3寄寄よすれすれすれどもどもども與須禮騰毛
- 4豈豈あに來來くやややしづししづししずし阿爾久夜斯豆之
- 5そのそのそのかほよきかほよきかおよきににに曾能可抱與吉爾
- 6上毛野上毛野かみつけぬ賀美都家野3412
- 7久路保久路保くろほののの嶺嶺ねろろろののの久路保乃禰呂乃
- 8久受葉我多久受葉我多くずはがた久受葉我多
- 9愛愛かなしけしけしけ兒兒こらららににに可奈師家兒良爾
- 10いやいやいや離離さかりりり來來くももも伊夜射可里久母
- 11利根利根とね河河がわののの刀禰河泊乃3413
- 12河河かわ瀨瀨せももも知知しらららずずず可波世毛思良受
- 13ただただただ渉渉わたりりり多多和多里
- 14浪浪なみににに逢逢あふふう如如のすすす奈美爾安布能須
- 15逢逢あへへえるるる君君きみかもかもかも安敝流伎美可母
- 16伊香保伊香保いかほろろろののの伊香保呂能3414
- 17夜左可夜左可やさかののの堰堰い塞塞でににに夜左可能爲提爾
- 18立立たつつつ虹虹ぬじののの多都努自能
- 19顯顯あらわろろろまでまでまでももも安良波路萬代母
- 20さささ寢寢ねをををさささ寢寢ねてててばばば佐禰乎佐禰氏婆
- 21上毛野上毛野かみつけぬ可美都氣努3415
- 22伊香保伊香保いかほののの沼沼ぬまににに伊可保乃奴麻爾
- 23殖殖うえ子子こ水葱水葱なぎ宇惠古奈宜
- 24かくかくかく戀戀こひひいむむんとととややや可久古非牟等夜
- 25種種たね求求もとめめめけむけむけん多禰物得米家武
現代語訳
〔3411〕多胡の嶺に綱をかけて引き寄せても、どうしてやって来ようか。その顔がよいので、気位が高いのだ。
〔3412〕上野の久路保の嶺の葛の葉のように、いとしいあの子から、ますます遠ざかって来てしまった。
〔3413〕利根川の川瀬も知らずにまっすぐに渡って、波にあうように、思いがけず逢ったあなたであることよ。
〔3414〕伊香保の夜左可の堰に立つ虹のように、人目にはっきり知られるまで共寝をしたならば。
〔3415〕上野の伊香保の沼に植えた水葱のように、こんなに恋しく思おうとして、種を求めたのだろうか。
意訳
上野国の相聞歌の続きである。綱で引き寄せても来ない気位の高い美しい女の歌、葛の葉のようにいとしい人から遠ざかって来た嘆き、川を渡って波にあうように思いがけず逢えた喜び、虹のように人に知られるまで共寝をしたいという歌、恋の種を自ら求めたのかと嘆く歌である。
語釈・文法注
文法・本文
- 寄綱延へて
- 「よせづなはへて」。引き寄せる綱を張って。
- 豈來や
- 「あにくや」。どうして来ようか。
- しづし
- 語義未詳。
- 久受葉我多
- 「くずはがた」。葛の葉の形の地名か。
- 離り來も
- 「さかりくも」。遠ざかって来たことだ。
- 利根河
- 「とねがは」。利根川。
- 逢ふ如す
- 「あふのす」。逢うように。「のす」は「なす」の東国方言。
- 堰塞
- 「ゐで」。川の水をせき止めたところ。
- 虹
- 「ぬじ」。「にじ」の東国方言。
- 顯ろ
- 「あらはろ」。はっきりと。
- 殖子水葱
- 「うゑこなぎ」。植えた水葱(水草)。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十四・相聞・3411〜3415番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 東歌の相聞。作者未詳。上野国の歌。
修辞
- 序詞
- 3412番の「久路保の嶺ろの久受葉我多」、3413番の「利根河の河瀨も知らずただ渉り浪に」、3414番の「伊香保ろの夜左可の堰塞に立つ虹の」、3415番の「伊香保の沼に殖子水葱」。
解説
3414番は万葉集で唯一「虹」を詠んだ歌である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、535頁(コマ60)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、619頁(コマ73)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日