万葉集 巻第十四 3388〜3392番
筑波嶺の 嶺ろに霞居
常陸国の相聞歌十首の前半五首。筑波嶺の霞のように立ち去りかねて嘆く君を共寝に誘えという歌、妹の門が遠ざかる、筑波山に隠れぬうちに袖を振ろうという歌、筑波嶺の鷲のように声をあげて泣くばかりかという歌、葦穂山のように悪い咎もないのにという歌、筑波嶺の水のようにゆらゆらとは思っていないという歌。
場面イラスト(準備中)
題詞東歌(相聞)常陸國
- 1筑波筑波つくば嶺嶺ねののの筑波禰乃3388
- 2嶺嶺ねろろろににに霞霞かすみ居居い禰呂爾可須美爲
- 3過過すぎぎぎがてがてがてににに須宜可提爾
- 4息息いきづくづくずく君君きみををを伊伎豆久伎美乎
- 5率率い寢寢ねてててやらやらやらさささねねね爲禰氏夜良佐禰
- 6妹妹いもががが門門かど伊毛我可度3389
- 7いやいやいや遠遠とおぞきぞきぞきぬぬぬ伊夜等保曾吉奴
- 8筑波筑波つくば山山やま都久波夜麻
- 9かくれかくれかくれぬぬぬ程程ほどににに可久禮奴保刀爾
- 10袖袖そでははは振振ふりりりてててななな蘇提婆布利提奈
- 11筑波筑波つくば嶺嶺ねににに筑波禰爾3390
- 12かがかがかが鳴鳴なくくく鷲鷲わしののの可加奈久和之能
- 13音音ねのみのみのみをををかかか禰乃未乎可
- 14鳴鳴なききき渡渡わたりりりなむなむなん奈伎和多里南牟
- 15逢逢あふふうとととははは無無なしししににに安布登波奈思爾
- 16筑波筑波つくば嶺嶺ねににに筑波禰爾3391
- 17背向背向そがいににに見見みゆるゆるゆる曾我比爾美由流
- 18葦穗葦穗あしお山山やま安之保夜麻
- 19惡惡あしかるしかるしかる咎咎とがももも安志可流登我毛
- 20實實さね見見みえええなくなくなくににに左禰見延奈久爾
- 21筑波筑波つくば嶺嶺ねののの筑波禰乃3392
- 22石石いわもももとどろとどろとどろににに伊波毛等杼呂爾
- 23落落おつるつるつる水水みず於都流美豆
- 24世世よにににもももたゆらたゆらたゆらににに代爾毛多由良爾
- 25我我わががが思思もはははなくなくなくににに和我於毛波奈久爾
現代語訳
〔3388〕筑波嶺の嶺に霞がかかって動かないように、立ち去りかねてため息をついている君を、共寝に誘ってやりなさい。
〔3389〕いとしい人の家の門が、いよいよ遠ざかってしまった。筑波山に隠れてしまわないうちに、袖を振っておこう。
〔3390〕筑波嶺でかっかと鳴く鷲のように、声をあげて泣き続けるばかりなのだろうか。逢うこともなくて。
〔3391〕筑波嶺の向こうに見える葦穂山の「あし」ではないが、悪い咎も、まったく見えないのに。
〔3392〕筑波嶺の岩もとどろくばかりに落ちる水のように、決してゆらゆらと揺らいで思ってなどいないのに。
意訳
常陸国の筑波山を詠みこんだ相聞歌である。霞のように立ち去りかねる男を共寝に誘えと娘に勧める歌、遠ざかる恋人の家に山に隠れる前に袖を振ろうという歌、鷲のように泣くばかりで逢えない嘆き、悪い咎もないのにという恨み、激しく落ちる水のように心は揺らいでいないという誓いを詠む。
語釈・文法注
文法・本文
- 霞居
- 「かすみゐ」。霞がかかって。
- 過ぎがてに
- 通り過ぎかねて。
- 率寢て
- 「ゐねて」。連れて寝て、共寝して。
- 遠ぞきぬ
- 「とほぞきぬ」。遠ざかってしまった。
- かが鳴く
- かっかと鳴く。
- 背向
- 「そがひ」。後ろの方。
- 葦穗山
- 「あしほやま」。筑波山の北の足尾山。「惡し」を導く。
- 實
- 「さね」。まったく。
- たゆらに
- ゆらゆらと揺らいで。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十四・相聞・3388〜3392番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 東歌の相聞。作者未詳。常陸国の歌。
修辞
- 序詞
- 3388番の「筑波嶺の嶺ろに霞居」、3390番の「筑波嶺にかが鳴く鷲の」、3391番の「筑波嶺に背向に見ゆる葦穗山」、3392番の「筑波嶺の石もとどろに落つる水」。
- 同音
- 3391番は「葦穗」から「惡し」を導く。
解説
筑波山は男女が集まって歌を掛け合う嬥歌(かがひ)の山で、高橋虫麻呂の歌(1759番)にもそのさまが詠まれている。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、533頁(コマ59)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、617頁(コマ72)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日