万葉集 巻第十四 3348〜3352番
夏麻引く 海上潟の
巻第十四・東歌の初めの雑歌五首。上総の海上潟で船を泊める歌、下総の真間の浦の舟人の騒ぎに波を知る歌、常陸の筑波嶺を詠む二首、信濃の須賀の荒野のほととぎすの歌。
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題詞東歌(雑歌)
- 1夏麻夏麻なつそ引引ひくくく奈都素妣久3348 上總國
- 2海上海上うなかみ潟潟がたののの宇奈加美我多能
- 3沖沖おきつつつ渚渚すににに於伎都渚爾
- 4船船ふねはははとどめとどめとどめむむん布禰波等杼米牟
- 5さささ夜夜よふけふけふけにににけりけりけり佐欲布氣爾家里
- 6葛飾葛飾かずしかののの可豆思加乃3349 下總國
- 7眞間眞間ままののの浦浦うら回回みををを麻萬能宇良末乎
- 8榜榜こぐぐぐ船船ふねののの許具布禰能
- 9船船ふな人人びと騒騒さわぐぐぐ布奈妣等佐和久
- 10浪浪なみ立立たつつつらしらしらしももも奈美多都良思母
- 11筑波筑波つくば嶺嶺ねののの筑波禰乃3350 常陸國
- 12新新にい桑桑ぐわ繭繭まよののの爾比具波麻欲能
- 13絹絹きぬはははあれあれあれどどど伎奴波安禮杼
- 14君君きみががが御衣御衣みけしししし伎美我美家思志
- 15あやあやあやににに著著き欲欲ほしししももも安夜爾伎保思母
- 16筑波筑波つくば嶺嶺ねににに筑波禰爾3351 常陸國
- 17雪雪ゆきかもかもかも降降ふらららるるる由伎可母布良留
- 18否否いなをををかもかもかも伊奈乎可母
- 19愛愛かなしきしきしき兒兒ころろろががが加奈思吉兒呂我
- 20衣衣きぬ乾乾ほさささるるるかもかもかも企努保佐流可母
- 21信濃信濃しなぬなるなるなる信濃奈流3352 信濃國
- 22須賀須賀すがののの荒荒あら野野のににに須我能安良能爾
- 23ほととぎすほととぎすほととぎす保登等藝須
- 24鳴鳴なくくく聲聲こえきけきけきけばばば奈久許惠伎氣婆
- 25時時ときすぎすぎすぎにににけりけりけり登伎須疑爾家里
現代語訳
〔3348〕(夏麻引く)海上潟の沖の洲に、船は泊めよう。夜もすっかり更けてしまった。
〔3349〕葛飾の真間の入江を漕ぐ船の、船人たちが騒いでいる。波が立つらしい。
〔3350〕筑波嶺の新しい桑で飼った繭の絹はあるけれど、あなたのお召し物を、むやみに着てみたいことだ。
〔3351〕筑波嶺に雪が降ったのだろうか。いや、そうではないのだろうか。いとしいあの子が衣を干しているのだろうか。
〔3352〕信濃の須賀の荒野で、ほととぎすの鳴く声を聞くと、時が過ぎてしまったことだ。
意訳
巻第十四は東国の歌(東歌)を集めた巻で、初めに国ごとの雑歌を置く。上総の海上潟で夜更けに船を泊める歌、下総の真間の入江で船人の騒ぐ声に波立ちを知る歌、常陸の筑波嶺の新桑繭の絹より恋人の衣を着たいという歌と、筑波嶺の白さを恋人の干す衣かと見る歌、信濃の須賀の荒野でほととぎすの声に季節の移りを知る歌である。東国の方言をまじえた素朴な表現が特徴である。
語釈・文法注
文法・本文
- 夏麻引く
- 「なつそひく」。「海上(うなかみ)」にかかる枕詞。
- 海上潟
- 「うなかみがた」。上総国海上郡の干潟。
- 浦回
- 「うらみ」。入江の湾曲したところ。
- 新桑繭
- 「にひぐはまよ」。新しい桑の葉で飼った蚕の繭。
- 御衣
- 「みけし」。お召し物。
- 著欲しも
- 「きほしも」。着てみたい。
- 降らる
- 「降れる」の東国方言。
- 否をかも
- いや、そうではないのか。
- 乾さる
- 「乾せる」の東国方言。
- 須賀の荒野
- 信濃国の地名。所在未詳。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十四・雑歌・3348〜3352番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 東歌の雑歌。作者未詳。上総・下総・常陸・信濃の国の歌。
修辞
- 方言
- 「降らる」「乾さる」など東国の言葉が見える。
- 見立て
- 3351番は筑波嶺の雪を恋人の干す衣と見る。
解説
巻第十四の東歌は、白文が一字一音の万葉仮名で書かれ、東国方言の音をよく伝える。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、529頁(コマ57)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、611頁(コマ69)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日