万葉集 巻第十二 3203〜3208番
雎鳩ゐる 渚にゐる舟の
雎鳩のいる渚の舟が漕ぎ出したら心恋しいだろう、後に逢うとしても。無事に行ってください、思い乱れて恋いながら待とう。後に残されて恋い続けるより、田子の浦の海人になって玉藻を刈っていたい。筑紫路の荒磯の玉藻を刈っているからか、君は久しく待っても来ない。長く照る月のように見飽きない君は明日別れるのか。久しくなる君を思うと、清い月夜も闇のように見える。悲別歌六首。
場面イラスト(準備中)
題詞(別を悲しめる歌)
- 1雎鳩雎鳩みさごゐるゐるいる三沙呉居3203
- 2渚渚すにににゐるゐるいる舟舟ふねののの渚爾居舟之
- 3榜榜こぎぎぎ出出でなばなばなば榜出去者
- 4うらうらうら戀戀こいしけしけしけむむん裏戀監
- 5後後のちははは逢逢あひひいぬぬぬともともとも後者會宿友
- 6玉玉たま葛葛かずら玉葛3204
- 7さきくさきくさきく行行ゆかかかさささねねね無恙行核
- 8山山やま菅菅すげののの山菅乃
- 9思思おもひひい亂亂みだれれれててて思亂而
- 10戀戀こひひいつつつつつつ待待またたたむむん戀乍將待
- 11おくれおくれおくれ居居いててて後居而3205
- 12戀戀こひひいつつつつつつあらあらあらずずずははは戀乍不有者
- 13田子田子たごののの浦浦うらののの田籠之浦乃
- 14海人海人あまならならならましましましををを海部有申尾
- 15珠珠たま藻藻も苅苅かるるる苅苅かるるる珠藻苅苅
- 16筑紫筑紫つくし道道じののの筑紫道之3206
- 17荒荒あり磯磯そののの玉玉たま藻藻も荒礒乃玉藻
- 18苅苅かるるるとととかもかもかも苅鴨
- 19君君きみははは久久ひさしくしくしく君久
- 20待待まつつつににに來來きまままさささぬぬぬ待不來
- 21あらたまあらたまあらたまののの荒玉乃3207
- 22年年としののの緒緒をながくながくながく年緒永
- 23照照てるるる月月つきののの照月
- 24厭厭あかかかざるざるざる君君きみややや不厭君八
- 25明日明日あす別別わかれれれなむなむなん明日別南
- 26久久ひさならならならむむん久將在3208
- 27君君きみををを思思おもふふうににに君念爾
- 28ひさかたひさかたひさかたののの久堅乃
- 29淸淸きよききき月月つく夜夜よももも淸月夜毛
- 30闇闇やみのみのみのみににに見見みゆゆゆ闇夜耳見
現代語訳
〔3203〕雎鳩のいる渚に泊めてある舟が漕ぎ出して行ったなら、心の中で恋しく思うだろう。後にまた逢うとしても。
〔3204〕(玉葛)無事に行っていらっしゃい。(山菅の)思い乱れて、恋い慕いながら待っていよう。
〔3205〕後に残されて恋い続けているよりは、田子の浦の海人であったらよかった。玉藻を刈りに刈って。
〔3206〕筑紫路の荒磯の玉藻を刈っているからか、あなたは久しく、待っているのにおいでにならない。
〔3207〕(あらたまの)年月長く照る月のように、見飽きることのないあなたは、明日別れて行ってしまうのだろうか。
〔3208〕久しく帰らないであろうあなたを思うと、(ひさかたの)清らかな月夜も、闇のようにばかり見える。
意訳
悲別歌の続きである。舟が漕ぎ出せば後に逢えても恋しいだろうという歌、無事を祈って思い乱れながら待とうという歌、残されて恋い続けるよりは海人になって玉藻を刈っていたいという歌、筑紫路で玉藻を刈っているのか帰らない恋人を待つ歌、見飽きない恋人が明日別れて行く嘆き、恋人を思うと清い月夜も闇に見える歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 雎鳩
- 「みさご」。魚をとる鷹の一種。
- うら戀しけむ
- 心の中で恋しいだろう。
- さきく
- 無事に。白文は「無恙」と書く。
- 行かさね
- 行っていらっしゃい。
- 苅る苅る
- 刈りに刈って。
- 厭かざる
- 「あかざる」。見飽きない。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十二・相聞・3203〜3208番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 悲別歌。作者未詳。
修辞
- 枕詞
- 「玉葛」「山菅の」「あらたまの」「ひさかたの」。
- 対照
- 3208番は「淸き月夜」と「闇」を対比する。
解説
3208番は、恋人の不在を思う心が、清らかな月夜さえ闇のように見せるという、心情と景色を重ねた歌である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、492頁(コマ39)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、568頁(コマ48)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日