万葉集 巻第十二 3197〜3202番
住吉の 崖に向へる
住吉の岸に向かう淡路島のように、ああと君を言わない日はない。明日印南川を出て行ったら、残された私は恋い続けるのか。沖は恐ろしいので磯伝いに漕ぎめぐって行ってください、月は経っても。飼飯の浦に寄せる白波のように、しきりに妹の姿が思われる。吹飯の浜に出て命の無事を祈るのは、妹のためだ。柔田津で船に乗ると聞いたのに、どうして君は見えないのか。浦・浜・津に寄せた悲別歌六首。
場面イラスト(準備中)
題詞(別を悲しめる歌)
- 1住吉住吉すみのえののの住吉乃3197
- 2崖崖きしににに向向むかへへえるるる岸爾向有
- 3淡路淡路あわじ島島しま淡路島
- 4あはれあはれあわれととと君君きみををを阿怜登君乎
- 5言言いははわぬぬぬ日日ひはははなしなしなし不言日者無
- 6明日明日あすよりよりよりははは明日從者3198
- 7印南印南いなみののの河河かはののの將行乃河之
- 8出出いでででててて去去いなななばばば出去者
- 9留留とまれれれるるる吾吾われははは留吾者
- 10戀戀こひひいつつつつつつやややあらあらあらむむん戀乍也將有
- 11海海わたののの底底そこ海之底3199
- 12沖沖おきははは恐恐かしこししし奧者恐
- 13磯磯いそ回回みよりよりより礒回從
- 14榜榜こぎぎぎ廻廻たみみみ往往ゆかかかせせせ水手運往爲
- 15月月つきははは經經へぬぬぬともともとも月者雖經過
- 16飼飯飼飯けいののの浦浦うらににに飼飯乃浦爾3200
- 17寄寄よするするする白白しら浪浪なみ依流白浪
- 18しくしくしくしくしくしくににに敷布二
- 19妹妹いもががが容儀容儀すがたははは妹之容儀者
- 20念念おもほゆるほゆるおゆるかもかもかも所念香毛
- 21時時ときつつつ風風かぜ時風3201
- 22吹飯吹飯ふけいののの濱濱はまににに吹飯乃濱爾
- 23出出いででで居居いつつつつつつ出居乍
- 24贖贖あがふふう命命いのちははは贖命者
- 25妹妹いもががが爲爲ためこそこそこそ妹之爲社
- 26柔田津柔田津にぎたづににに柔田津爾3202
- 27舟舟ふな乘乘のりせせせむむんととと舟乘將爲跡
- 28聞聞ききききしししなへなへなえ聞之苗
- 29何何なにぞぞぞももも君君きみががが如何毛君之
- 30見見みえええ來來こざるざるざるらむらむらん所見不來將有
現代語訳
〔3197〕住吉の岸に向かい合っている淡路島の名のように、ああ、と、あなたを口にしない日はない。
〔3198〕明日からは、印南の川から船出して行ってしまったら、後に残る私は恋い続けることになるのだろうか。
〔3199〕(海の底)沖は恐ろしい。磯のあたりを漕ぎめぐって行ってください。月日はかかっても。
〔3200〕飼飯の浦に寄せる白波のように、しきりに、いとしい人の姿が思われることだ。
〔3201〕(時つ風)吹飯の浜に出ていて、供え物をして命の無事を祈るのは、いとしい人のためなのだ。
〔3202〕柔田津で船に乗るつもりだと聞いたのに、どうしてあなたは見えて来ないのだろう。
意訳
浦・浜・津に寄せた悲別歌である。淡路島の名にかけて恋人の名を口にしない日はないという歌、明日船出する恋人と残される自分を思う歌、沖は危ないから時間がかかっても磯伝いに行ってほしいと夫の身を案じる妻の歌、白波のようにしきりに妻が思われる歌、浜で命の無事を祈るのは妻のためだという歌、柔田津で船に乗ると聞いたのに見えない恋人を待つ歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 崖
- 「きし」。岸。
- あはれ
- 「淡路」の「あは」を受けて、ああという嘆き。
- 印南の河
- 「いなみのかは」。播磨の川。白文は「將行乃河」と書く。
- 榜ぎ廻み
- 「こぎたみ」。漕ぎめぐって。
- 時つ風
- 「吹飯」にかかる枕詞。
- 贖ふ
- 「あがふ」。供え物をして命の無事を祈る。
- 柔田津
- 「にぎたづ」。伊予の熟田津。
- 聞きしなへ
- 聞いたのに。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十二・相聞・3197〜3202番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 悲別歌(浦・浜・津に寄せる)。作者未詳。
修辞
- 掛詞
- 3197番の「淡路」と「あはれ」。
- 序詞
- 3200番の上二句が「しくしく」を導く。
解説
3199番は、危険な沖を避けて時間がかかっても磯伝いに行ってほしいと願う、夫の身を案じる妻の心を伝える。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、491頁(コマ38)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、568頁(コマ48)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日