万葉集 巻第十二 3190〜3193番
雲居なる 海山越えて
遠い海山を越えて行ってしまったら、私は恋しく思うだろう、後に逢うとしても。もう恋しがるまいとするが、木綿間山を越えて行った君が思われる。荒藺の崎の笠島を見ながら君は山道を越えているだろう。島熊山の夕暮れに、ひとりで君は山道を越えているだろうか。悲別歌四首。
場面イラスト(準備中)
題詞(別を悲しめる歌)
- 1雲雲くも居居いなるなるなる雲居有3190
- 2海海うみ山山やま越越こえええててて海山越而
- 3いいい行行ゆきききなばなばなば伊往名者
- 4吾吾われははは戀戀こひひいむむんななな吾者將戀名
- 5後後のちははは逢逢あひひいぬぬぬともともとも後者相宿友
- 6よしゑやしよしゑやしよしえやし不欲惠八師3191
- 7戀戀こひひいじじじとととすれすれすれどどど不戀登爲杼
- 8木綿間木綿間ゆうま山山やま木綿間山
- 9越越こえええにににししし君君きみががが越去之公之
- 10思思おもほゆほゆおゆらくらくらくににに所念良國
- 11草草くさ陰陰かげののの草陰之3192
- 12荒藺荒藺あらいののの埼埼さきののの荒藺之崎乃
- 13笠島笠島かさしまををを笠島乎
- 14見見みつつつつつつかかか君君きみががが見乍可君之
- 15山山やま道道じ越越こゆゆゆらむらむらん山道越良無
- 16たまがつまたまがつまたまがつま玉勝間3193
- 17島熊島熊しまくま山山やまののの島熊山之
- 18夕夕ゆう晩晩ぐれににに夕晩
- 19ひとりひとりひとりかかか君君きみががが獨可君之
- 20山山やま道道じ越越こゆゆゆらむらむらん山道將越
現代語訳
〔3190〕雲のかなたの海や山を越えて行ってしまったら、私は恋しく思うだろう。後にはまた逢うとしても。
〔3191〕ええままよ、もう恋しがるまいとするけれど、木綿間山を越えて行ってしまったあなたのことが思われるのに。
〔3192〕(草陰の)荒藺の崎の笠島を見ながら、あなたは山道を越えているのだろうか。
〔3193〕(たまがつま)島熊山の夕暮れに、ひとりであなたは山道を越えているのだろうか。
意訳
悲別歌の続きである。遠い海山を越えて行けば後に逢えるとしても恋しいだろうという歌、恋しがるまいとしても山を越えた恋人が思われる歌、旅の恋人が今ごろ笠島を見ながら山道を越えているだろうかと思いやる歌、夕暮れの山道をひとりで越える恋人を案じる歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 雲居なる
- 雲のかなたにある。
- よしゑやし
- ええままよ。
- 木綿間山
- 「ゆふまやま」。所在未詳。
- 草陰の
- 「荒藺」にかかる枕詞。
- 荒藺の埼
- 「あらゐのさき」。所在未詳。
- たまがつま
- 「島」にかかる枕詞。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十二・相聞・3190〜3193番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 悲別歌。作者未詳。
修辞
- 推量
- 3192・3193番は旅先の夫の様子を「越ゆらむ」と思いやる。
- 枕詞
- 「草陰の」「たまがつま」。
解説
3192・3193番は、留守の妻が旅の夫の今の様子を思いやる歌で、「今ごろは…しているだろうか」という発想は旅の歌の典型である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、491頁(コマ38)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、567頁(コマ47)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日