万葉集 巻第十二 3163〜3166番
吾妹子に 觸るとはなしに
妹に触れるわけでもないのに、荒磯のあたりで衣の袖が濡れてしまった。室の浦の瀬戸の崎の鳴島の磯を越す波に濡れてしまった。飛幡の浦に寄せる波のように、しばしば君に逢う手立てがあればよい。妹をよそからばかり見るのか、越の海の子難の海の島でもないのに。磯・浦・海に寄せた羈旅発思の歌四首。
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題詞(羈旅に思を發す)
- 1吾吾わぎ妹妹も子子こににに吾妹兒爾3163
- 2觸觸ふるるるとととはははなしなしなしににに觸者無二
- 3荒荒あり磯磯そ回回みににに荒礒回爾
- 4吾吾わががが衣衣ころも手手でははは吾衣手者
- 5ぬれぬれぬれにににけるけるけるかもかもかも所沾可母
- 6室室むろののの浦浦うらののの室之浦之3164
- 7湍門湍門せとののの埼埼さきなるなるなる湍門之崎有
- 8鳴島鳴島なるしまののの鳴島之
- 9磯磯いそ越越こすすす浪浪なみににに礒越浪爾
- 10ぬれぬれぬれにににけるけるけるかもかもかも所沾可聞
- 11ほととぎすほととぎすほととぎす霍公鳥3165
- 12飛幡飛幡とばたののの浦浦うらににに飛幡之浦爾
- 13しくしくしく浪浪なみののの敷浪之
- 14しばしばしばしばしばしば君君きみををを屢君乎
- 15見見みむむむよしよしよしもももがががももも將見因毛鴨
- 16吾吾わぎ妹妹も子子こををを吾妹兒乎3166
- 17外外よそのみのみのみややや見見みむむむ外耳哉將見
- 18越越こしののの海海うみののの越懈乃
- 19子難子難こがたののの海海うみののの子難懈乃
- 20島島しまならならならなくなくなくににに島楢名君
現代語訳
〔3163〕いとしい人に触れるというわけでもないのに、荒磯のあたりで、私の衣の袖は濡れてしまったことだ。
〔3164〕室の浦の瀬戸の崎にある鳴島の、磯を越す波に、濡れてしまったことだ。
〔3165〕(ほととぎす)飛幡の浦に重ねて寄せる波のように、しばしばあなたに逢う手立てがあればよいのに。
〔3166〕いとしい人を、よそながらばかり見ているのだろうか。越の海の子難の海の島でもないのに。
意訳
磯・浦・海に寄せた羈旅発思の歌である。恋人に触れたわけでもないのに荒磯の波で袖が濡れたという歌、鳴島の磯を越す波に濡れた旅の歌、寄せる波のようにしばしば恋人に逢いたいという願い、遠い海の島でもないのに恋人をよそから見るばかりの嘆きが並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 觸るとはなしに
- 触れるというわけでもないのに。袖が濡れることを涙に掛ける。
- 湍門
- 「せと」。瀬戸、海峡。
- 飛幡
- 「とばた」。筑前の地名。
- しく浪
- 重ねて寄せる波。
- 子難の海
- 「こがたのうみ」。越の地名。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十二・相聞・3163〜3166番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 羈旅発思(磯・浦・海に寄せる)。作者未詳。
修辞
- 序詞
- 3165番の上三句が「しばしば」を導く。
- 枕詞
- 3165番の「ほととぎす」が「飛幡」にかかる。
解説
3163番の袖が濡れるのは、波しぶきであると同時に恋の涙をほのめかしている。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、489頁(コマ37)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、565頁(コマ46)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日