万葉集 巻第十二 3160〜3162番
沖つ浪 邊浪の來寄る
沖の波と岸の波が寄せる左太の浦の名のように、この時を過ぎて後で恋しくなるだろうか。在千潟の名のようにこうして慰めて行こうとするが、家の妹は心晴れずにいるだろう。澪標のように心を尽くして思うからか、ここでもむやみに夢に見える。浦・潟・澪標に寄せた羈旅発思の歌三首。
場面イラスト(準備中)
題詞(羈旅に思を發す)
- 1沖沖おきつつつ浪浪なみ奧浪3160
- 2邊邊へ浪浪なみののの來來き寄寄よるるる邊浪之來依
- 3左太左太さだののの浦浦うらののの貞浦乃
- 4こここののの時時さだ過過すぎぎぎててて此左太過而
- 5後後のち戀戀こひひいむむんかもかもかも後將戀鴨
- 6在千潟在千潟ありちがた在千方3161
- 7在在ありりり慰慰なぐさめめめててて在名草目而
- 8行行ゆかかかめめめどもどもども行目友
- 9家家いえなるなるなる妹妹いもいいい家有妹伊
- 10鬱悒鬱悒おおほしみせせせむむん將欝悒
- 11澪標澪標みおつくし水咫衝石3162
- 12こころこころこころ盡盡つくしししててて心盡而
- 13思思おもへへえかもかもかも念鴨
- 14此處此處ここにににももももとなもとなもとな此間毛本名
- 15夢夢いめにににししし見見みゆるゆるゆる夢西所見
現代語訳
〔3160〕沖の波と岸辺の波が寄せて来る左太の浦の名のように、この時を逃して過ぎてしまって、後で恋しく思うのだろうか。
〔3161〕在千潟の名のように、こうしてずっと心を慰めながら行こうとするけれど、家にいるいとしい人は、心晴れずにいるだろう。
〔3162〕(澪標)心を尽くして思っているからか、旅先のここでも、むやみに夢に見えることだ。
意訳
浦・潟・澪標に寄せた羈旅発思の歌である。左太の浦の名にかけて、この時を逃せば後で恋しくなるだろうという歌、自分は旅で心を慰めても家の妻は心晴れずにいるだろうと思いやる歌、心を尽くして思うので旅先でも妻が夢に見える歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 左太
- 「さだ」。地名と「時」を掛ける。
- 在千潟
- 「ありちがた」。所在未詳の地名。「在り」を導く。
- 鬱悒みせむ
- 「おほほしみせむ」。心晴れずにいるだろう。
- 澪標
- 「みをつくし」。水路のしるしの杭。「身を尽くし」を掛け、「心盡し」を導く。白文は「水咫衝石」と書く。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十二・相聞・3160〜3162番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 羈旅発思(浦・潟・澪標に寄せる)。作者未詳。
修辞
- 掛詞
- 3160番の「左太」、3162番の「澪標」。
- 序詞
- 3160番の上三句、3161番の初句が下を導く。
解説
3162番の「澪標」は、後に「身を尽くし」と掛ける和歌の常套表現となった。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、489頁(コマ37)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、564頁(コマ46)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日