万葉集 巻第十二 3156〜3159番
鈴鹿河 八十瀬渡りて
鈴鹿川の多くの瀬を渡って、誰のために夜越えに越えるのか、妻もいないのに。妹にまた逢うという近江の野洲川のように、安眠もできず恋い続ける。旅にあって物思いをする、白波が岸にも沖にも寄るというわけでもないのに。湖のほとりに満ちて来る潮のように恋はつのるが、忘れられない。川・波・潮に寄せた羈旅発思の歌四首。
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題詞(羈旅に思を發す)
- 1鈴鹿鈴鹿すずか河河がわ鈴鹿河3156
- 2八十八十やそ瀬瀬せ渡渡わたりりりててて八十瀬渡而
- 3誰誰たれゆゑゆゑゆえかかか誰故加
- 4夜夜よ越越ごえににに越越こえええむむん夜越爾將越
- 5妻妻つまもももあらあらあらなくなくなくににに妻毛不在君
- 6吾吾わぎ妹妹も子子こににに吾妹兒爾3157
- 7またまたまたももも近江近江おうみののの又毛相海之
- 8野洲野洲やすののの河河かは安河
- 9安安やす寢寢いももも宿宿ねずずずににに安寢毛不宿爾
- 10戀戀こひひいわたるわたるわたるかもかもかも戀渡鴨
- 11旅旅たびにににありありありててて客爾有而3158
- 12物物ものをををぞぞぞおもふおもふおもう物乎曾念
- 13白白しら浪浪なみののの白浪乃
- 14邊邊へにににももも沖沖おきにににももも邊毛奧毛
- 15寄寄よるるるとととはははなしなしなしににに依者無爾
- 16湖湖みなと回回みににに湖轉爾3159
- 17滿滿みちちち來來くるるる潮潮しおののの滿來鹽能
- 18いやいやいや益益ましししににに彌益二
- 19戀戀こいはははまさまさまされれれどどど戀者雖剩
- 20忘忘わすらえらえらえぬぬぬかもかもかも不所忘鴨
現代語訳
〔3156〕鈴鹿川の多くの瀬を渡って、誰のために夜越えに山を越えるのだろう。待つ妻もいないのに。
〔3157〕いとしい人にまた逢うという名の近江の野洲の川のように、安らかな眠りもとれずに、恋い続けることだ。
〔3158〕旅にあって物思いをすることだ。白波が岸辺にも沖にも寄るように、どちらにも身を寄せるところもなく。
〔3159〕湖のほとりに満ちて来る潮のように、いよいよ増して恋はつのるけれど、忘れることはできないことだ。
意訳
川・波・潮に寄せた羈旅発思の歌である。待つ妻もいないのに夜を徹して鈴鹿川を渡る旅のわびしさ、近江の野洲川の名にかけて安眠できずに恋う歌、白波のように寄るところもなく物思いをする旅の歌、満ちて来る潮のように恋がつのる歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 八十瀬
- 「やそせ」。多くの瀬。
- 夜越
- 「よごえ」。夜に山を越えること。
- 近江
- 「あふみ」。白文は「相海」と書き、「逢ふ」を掛ける。
- 野洲の河
- 近江の野洲川。「安」を導く。
- 湖回
- 「みなとみ」。湖のほとり。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十二・相聞・3156〜3159番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 羈旅発思(川・波・潮に寄せる)。作者未詳。
修辞
- 掛詞
- 3157番の「近江」に「逢ふ身」を、「野洲」に「安寢」を掛ける。
- 序詞
- 3158・3159番の上句が下の句を導く。
解説
3156番は、待つ人もいないのに夜を徹して旅を続けるわびしさを、自嘲をこめて詠んでいる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、488頁(コマ37)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、564頁(コマ46)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日