万葉集 巻第十二 3151〜3155番
よそのみに 君を相見て
よそながら君を見ただけで、手向の山を明日は越えて行くのか。安倍島山の夕露に旅寝などできようか、長いこの夜を。越の大山を行き過ぎて、いつの日に故郷の里を見られるだろう。さあわが駒よ早く行け、眞土山で待っているだろう妹を早く見よう。惡木山の梢がみななびいてほしい、妹の家のあたりを見よう。山に寄せた羈旅発思の歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(羈旅に思を發す)
- 1よそよそよそのみのみのみににに外耳3151
- 2君君きみををを相相あい見見みててて君乎相見而
- 3木綿木綿ゆう疊疊だたみ木綿牒
- 4手手た向向むけののの山山やまををを手向乃山乎
- 5明日明日あすかかか越越こえええ去去いなななむむん明日香越將去
- 6玉玉たま勝勝かつ間間ま玉勝間3152
- 7安倍島安倍島あべしま山山やまののの安倍島山之
- 8夕夕ゆう露露つゆににに暮露爾
- 9旅旅たび宿宿ね得得えせせせめめめややや旅宿得爲也
- 10長長ながきききこここののの夜夜よををを長此夜乎
- 11みみみ雪雪ゆきふるふるふる三雪零3153
- 12越越こしののの大大おお山山やま越乃大山
- 13行行ゆききき過過すぎぎぎててて行過而
- 14いづれいづれいずれののの日日ひにににかかか何日可
- 15わわわががが里里さとををを見見みむむむ我里乎將見
- 16いでいでいで吾吾わががが駒駒こま乞吾駒3154
- 17早早はやくくく行行ゆきききこそこそこそ早去欲
- 18眞土眞土まつち山山やま亦打山
- 19待待まつつつらむらむらん妹妹いもををを將待妹乎
- 20行行ゆきききててて早早はや見見みむむむ去而速見牟
- 21惡木惡木あしき山山やま惡木山3155
- 22木末木末こぬれことごとことごとことごと木末悉
- 23明日明日あすよりよりよりははは明日從者
- 24靡靡なびきききたりたりたりこそこそこそ靡有社
- 25妹妹いもがががあたりあたりあたり見見みむむむ妹之當將見
現代語訳
〔3151〕よそながらあなたを見ただけで、(木綿疊)手向の山を、明日は越えて行くのだろうか。
〔3152〕(玉勝間)安倍島山の夕露の中で、旅寝などできようか。長いこの夜を。
〔3153〕雪の降る越の大山を行き過ぎて、いつの日にか、わが里を見られるだろう。
〔3154〕さあ、わが駒よ、早く行っておくれ。眞土山で待っているであろういとしい人を、行って早く見よう。
〔3155〕惡木山の梢がみな、明日からはなびき伏していてほしい。いとしい人の家のあたりを見よう。
意訳
山に寄せた羈旅発思の歌である。よそながら見ただけの恋人を残して峠を越える歌、夕露の山で長い夜を旅寝できようかという歌、雪の越の山を越えていつ故郷を見られるかという歌、駒を急がせて待つ妻のもとへ帰る歌、山の梢がなびいて妻の家のあたりが見えてほしいという歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 木綿疊
- 「ゆふだたみ」。「手向」にかかる枕詞。
- 手向の山
- 峠。旅人が神に手向けをする所。
- 旅宿得せめや
- 旅寝ができようか。
- 越の大山
- 越の国の高い山。
- いで
- さあ。
- 惡木山
- 「あしきやま」。筑前の地名とも。
- 木末
- 「こぬれ」。梢。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十二・相聞・3151〜3155番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 羈旅発思(山に寄せる)。作者未詳。
修辞
- 枕詞
- 「木綿疊」「玉勝間」。
- 誇張
- 3155番の、山の梢がなびけという願い。
解説
3155番は、山の木々がなびいて妻の家が見えてほしいという、人麻呂の「妹が門見む靡けこの山」(131番)に通じる発想の歌である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、488頁(コマ37)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、564頁(コマ46)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日