万葉集 巻第十二 3145〜3150番
吾妹子し 吾を偲ぶらし
妹が私を偲んでいるらしい、旅のごろ寝に下紐が解けた。旅の衣の紐が解けた、思っているのか、この年頃は。旅の紐が解ける、家の妹が私を待ちかねて嘆いているらしい。共寝した妹を月も経たずに置いて越えるのか、この山の峠を。行く末はわからないが、いとしくて君に連れ添って山道を越えて来た。春の長い日を、果てもなく知らない山道を恋いながら来るのか。紐・山に寄せた羈旅発思の歌六首。
場面イラスト(準備中)
題詞(羈旅に思を發す)
- 1吾吾わぎ妹妹も子子こししし吾妹兒之3145
- 2吾吾あををを偲偲しぬぶぶぶらしらしらし阿乎偲良志
- 3草草くさ枕枕まくら草枕
- 4旅旅たびののの丸丸まろ寢寢ねににに旅之丸寢爾
- 5下下した紐紐ひも解解とけけけぬぬぬ下紐解
- 6くさくさくさ枕枕まくら草枕3146
- 7旅旅たびののの衣衣ころもののの旅之衣
- 8紐紐ひも解解とけけけぬぬぬ紐解
- 9思思おもほせほせおせるるるかもかもかも所念鴨
- 10こここののの年年とし頃頃ごろははは此年比者
- 11草草くさまくらまくらまくら草枕3147
- 12旅旅たびののの紐紐ひも解解とくくく客之紐解
- 13家家いえののの妹妹いもししし家之妹志
- 14吾吾われををを待待まちちちかねかねかねててて吾乎待不得而
- 15嘆嘆なげかかかすすすらしらしらしももも嘆良霜
- 16玉玉たまくしろくしろくしろ玉釼3148
- 17纏纏まききき寢寢ねししし妹妹いもををを卷寢志妹乎
- 18月月つきももも經經へずずず月毛不經
- 19置置おきききてててややや越越こえええむむん置而八將越
- 20こここののの山山やまののの岫岫さき此山岫
- 21あづさあづさあずさ弓弓ゆみ梓弓3149
- 22末末すえははは知知しらららねねねどどど末者不知杼
- 23愛愛うつくしみしみしみ愛美
- 24君君きみににに副副たぐひひいててて君爾副而
- 25山山やま路路じ越越こえええ來來きぬぬぬ山道越來奴
- 26霞霞かすみ立立たつつつ霞立3150
- 27春春はるののの長長なが日日ひををを春長日乎
- 28奥處奥處おくかなくなくなく奧香無
- 29知知しらららぬぬぬ山山やま道道じををを不知山道乎
- 30戀戀こひひいつつつつつつかかか來來こむむむ戀乍可將來
現代語訳
〔3145〕いとしい人が私を偲んでいるらしい。(草枕)旅のごろ寝の床で、下紐が解けたことだ。
〔3146〕(くさ枕)旅の衣の紐が解けた。私を思ってくれているのだろうか、この年頃は。
〔3147〕(草まくら)旅の紐が解ける。家のいとしい人が、私を待ちかねて嘆いているらしい。
〔3148〕(玉くしろ)共寝したいとしい人を、月も経たないうちに置いて、越えて行くのだろうか。この山の峠を。
〔3149〕(あづさ弓)行く末はわからないけれど、いとしいので、あなたに連れ添って山道を越えて来た。
〔3150〕霞の立つ春の長い日を、果てもなく、知らない山道を恋いながら来るのだろうか。
意訳
紐と山に寄せた羈旅発思の歌である。旅のごろ寝で下紐が解けたのを妻が自分を偲んでいるしるしとする歌が三首続き、共寝して間もない妻を置いて峠を越える嘆き、行く末はわからなくても夫に連れ添って山道を越えて来た女の歌、霞の立つ春の長い日に知らない山道を恋いながら行く歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 丸寢
- 「まろね」。衣を着たままのごろ寝。
- 下紐解けぬ
- 下紐が自然に解けるのは、相手に思われているしるしとされた。
- 玉くしろ
- 「纏く」にかかる枕詞。
- 岫
- 「さき」。山の突き出た所、峠。
- 副ひて
- 「たぐひて」。連れ添って。
- 奥處なく
- 「おくかなく」。果てもなく。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十二・相聞・3145〜3150番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 羈旅発思(紐・山に寄せる)。作者未詳。
修辞
- 俗信
- 3145〜3147番は紐が解けることを、家の妻に思われているしるしとする。
- 枕詞
- 「草枕」「玉くしろ」「あづさ弓」。
解説
3149番は、夫の旅に連れ添う妻の歌で、行く末の不安よりも夫への愛情がまさる心を詠んでいる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、488頁(コマ37)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、563頁(コマ45)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日