万葉集 巻第十二 3139〜3144番
玉桙の 道に出で立ち
道に出立して別れて来た日から、思えば忘れる時がない。ああ、これほどの恋でもあったのか、君に後に残されて恋しく思うと。旅が悲しいうえに妹に逢って、後で恋しくなるだろうか。国が遠いのでじかに逢えない、せめて夢に見えてほしい、逢う日まで。こんなに恋しいと知っていたら妹に言葉をかけておけばよかった、今は悔しい。旅の夜が久しくなったので、紐を解き放つこともなく恋うこの頃。羈旅発思の歌六首。
場面イラスト(準備中)
題詞(羈旅に思を發す)
- 1玉玉たま桙桙ほこののの玉桙之3139
- 2道道みちににに出出いででで立立たちちち道爾出立
- 3別別わかれれれ來來こししし別來之
- 4日日ひよりよりより思思おもふふうににに日從于念
- 5忘忘わするるるるるる時時とき無無なししし忘時無
- 6愛愛はしきしきしきやしやしやし波之寸八師3140
- 7然然しかるるる戀戀こいにににももも志賀在戀爾毛
- 8ありありありしかしかしかももも有之鴨
- 9君君きみにににおくれおくれおくれててて君所遺而
- 10戀戀こいしきしきしき念念おもへへえばばば戀敷念者
- 11草草くさ枕枕まくら草枕3141
- 12旅旅たびののの悲悲かなしくしくしく客之悲
- 13あるあるあるなべなべなべににに有苗爾
- 14妹妹いもををを相相あい見見みててて妹乎相見而
- 15後後のち戀戀こひひいむむんかもかもかも後將戀可聞
- 16國國くに遠遠とおみみみ國遠3142
- 17直直ただににに逢逢あははわなくなくなく直不相
- 18夢夢いめにににだにだにだに夢谷
- 19吾吾われににに見見みえええこそこそこそ吾爾所見社
- 20逢逢あははわむむん日日ひまでまでまでににに相日左右二
- 21斯斯かくくく戀戀こひひいむむん如是將戀3143
- 22ものものものととと知知しりりりせせせばばば物跡知者
- 23吾吾わぎ妹妹も子子こににに吾妹兒爾
- 24言言こと問問とはははましましましををを言問麻思乎
- 25今今いまししし悔悔くやしししももも今之悔毛
- 26旅旅たびののの夜夜よののの客夜之3144
- 27久久ひさしくしくしくなれなれなればばば久成者
- 28さささ丹丹にづらふづらふづらう左丹頰合
- 29紐紐ひも開開あけけけ離離さけけけずずず紐開不離
- 30戀戀こふるふるうる此此こののの頃頃ごろ戀流比日
現代語訳
〔3139〕(玉桙の)道に出で立って別れて来た日から、思えば忘れる時もない。
〔3140〕ああ、これほどの恋でもあったのだろうか。あなたに後に残されて、恋しく思うので。
〔3141〕(草枕)旅が悲しいうえに、いとしい人に逢って、後でいっそう恋しくなるのだろうか。
〔3142〕国が遠いので、じかには逢えない。せめて夢にでも私に見えてほしい。逢う日までは。
〔3143〕これほど恋しく思うものだと知っていたら、いとしい人に言葉をかけておけばよかった。今になって悔しいことだ。
〔3144〕旅の夜が久しくなったので、(さ丹づらふ)紐を解き放つこともなく、恋い慕っているこの頃だ。
意訳
羈旅発思の歌の続きである。別れて来た日から忘れる時がない歌、旅立った男に残されて恋の深さを知る女の歌、旅先で出会った女に後で恋しくなるかと思う歌、国が遠いので夢に見えてほしいという願い、別れ際に言葉をかけなかった後悔、旅の夜が長くなっても紐を解かずに妻を思う歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 日より思ふに
- 日から思うと。
- おくれて
- 後に残されて。
- あるなべに
- であるうえに。
- 言問はましを
- 言葉をかけておけばよかったのに。
- さ丹づらふ
- 赤く照り映える意で「紐」にかかる枕詞。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十二・相聞・3139〜3144番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 羈旅発思。作者未詳。
修辞
- 枕詞
- 「玉桙の」「草枕」「さ丹づらふ」。
解説
3140番は、旅立った夫を見送った妻が、後に残されて初めて恋の深さを知ったという、留守の側の歌である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、487頁(コマ36)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、563頁(コマ45)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日