万葉集 巻第十二 3127〜3130番
度會の 大河の邊の
度會の大河のほとりの若久木のように、旅が久しくなれば妹は恋しがるだろう。妹を夢に見えて来いと、大和路の渡り瀬ごとに手向けをする。桜の花が咲いて散るかと見えるほどに、誰がここに見えて散って行くのか。豊国の企玖の浜松のように心が痛む、どうして妹に言い交わし始めたのか。人麻呂歌集の羈旅発思の歌四首。
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題詞羈旅に思を發す
- 1度會度會わたらいののの度會3127
- 2大大おお河河かわののの邊邊べののの大河邊
- 3若若わか久木久木ひさぎ若歷木
- 4吾吾わががが久久ひさならならならばばば吾久在者
- 5妹妹いも戀戀こひひいむむんかもかもかも妹戀鴨
- 6吾吾わぎ妹妹も子子こををを吾妹子3128
- 7夢夢いめににに見見みえええ來來こととと夢見來
- 8大和大和やまと路路じののの倭路
- 9度度わたり瀬瀬ぜごとごとごとににに度瀬別
- 10手手た向向むけ吾吾わがががするするする手向吾爲
- 11櫻櫻さくら花花ばな櫻花3129
- 12咲咲さきききかもかもかも散散ちるるるととと開哉散
- 13見見みるるるまでまでまでににに及見
- 14誰誰たれかもかもかも此所此所ここににに誰此所
- 15見見みえええててて散散ちりりり行行ゆくくく見散行
- 16豐州豐州とよくにののの豐州3130
- 17企玖企玖きくののの濱濱はま松松まつ聞濱松
- 18こころこころこころ哀哀いたくくく心哀
- 19何何なにしかしかしか妹妹いもににに何妹
- 20相相あい言言いひひい始始そめめめししし相云始
現代語訳
〔3127〕度會の大河のほとりの若久木のように、私の旅が久しくなったなら、いとしい人は恋しがるだろうか。
〔3128〕いとしい人よ夢に見えて来いと、大和路の渡り瀬ごとに、私は手向けをすることだ。
〔3129〕桜の花が咲いては散るかと見えるほどに、誰がここに姿を見せては散って行くのだろう。
〔3130〕豊国の企玖の浜松のように、心が痛む。どうして、いとしい人と言い交わし始めたのだろう。
意訳
巻第十二の羈旅発思(旅にあって思いを述べる)の歌の始まりで、人麻呂歌集の四首である。旅が長くなれば妻が恋しがるだろうと思う歌、妻が夢に現れるよう渡り瀬ごとに手向けをする歌、桜が散るように行き交う旅人の群れを見る歌、遠い旅先で恋人と言い交わしたことを悔やむほど心が痛む歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 度會
- 「わたらひ」。伊勢の地名。
- 若久木
- 「わかひさぎ」。若い久木。「久」を導く。
- 夢に見え來と
- 夢に見えて来いと。
- 手向
- 旅の安全や願いを込めて神に供え物をすること。
- 豐州
- 「とよくに」。豊前・豊後。
- 企玖
- 「きく」。豊前の地名。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十二・相聞・3127〜3130番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 羈旅発思。柿本人麻呂歌集の歌。
修辞
- 序詞
- 3127番の上三句が「久」を、3130番の上二句が「哀く」を導く。
- 比喩
- 3129番は行き交う人々を散る桜にたとえる。
解説
3129番は、旅の道で行き交う人々の群れを、咲いては散る桜にたとえた美しい歌である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、486頁(コマ36)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、561頁(コマ44)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日