万葉集 巻第十二 3095〜3098番
朝鴉 早くな鳴きそ
朝の鴉よ早く鳴くな、背子の明け方の帰る姿を見ると悲しい。馬柵越しに麦を食む駒のように叱られても、やはり恋しくこらえきれない。檜の隈川に馬を止めて水を飲ませて、せめてよそながら見よう。私のせいで叱られているのに、面高の駄馬に乗って来てよいものか。鳥・馬に寄せた歌四首。寄物陳思の歌の終わり。
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題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1朝朝あさ鴉鴉がらす朝烏3095
- 2早早はやくくくななな鳴鳴なきききそそそ早勿鳴
- 3吾吾わが背背せ子子こががが吾背子之
- 4朝朝あさけけけののの容儀容儀すがた旦開之容儀
- 5見見みれれればばば悲悲かなしししももも見者悲毛
- 6馬柵馬柵うませ越越ごしししににに柜楉越爾3096
- 7麥麥むぎ食食はむむむ駒駒こまののの麥咋駒乃
- 8罵罵のらららゆれゆれゆれどどど雖罵
- 9猶猶なおししし戀戀こいしくしくしく猶戀久
- 10思思しぬびびびがてがてがてなくなくなく思不勝焉
- 11さささ檜檜ひののの隈隈くま左檜隈3097
- 12檜檜ひののの隈隈くま川川がわににに檜隈河爾
- 13馬馬うま駐駐とどめめめ駐馬
- 14馬馬うまににに水水みず飲飲かへへへ馬爾水令飲
- 15吾吾われ外外よそににに見見みむむむ吾外將見
- 16おのれおのれおのれゆゑゆゑゆえ於能禮故3098
- 17罵罵のらららえええててて居居おれれればばば所罵而居者
- 18驄馬驄馬あおうまののの驄馬之
- 19面面おも高高たかぶたぶたぶたににに面高夫駄爾
- 20乘乘のりりりててて來來くべしべしべしややや乘而應來哉
現代語訳
〔3095〕朝の鴉よ、早く鳴かないでおくれ。あの人の明け方に帰って行く姿を見ると、悲しいから。
〔3096〕馬柵越しに麦を食べる駒が叱られるように、人に叱られても、やはり恋しくて、こらえきれないことだ。
〔3097〕(さ檜の隈)檜の隈川に馬を止めて、馬に水を飲ませてください。私はよそながらあなたを見よう。
〔3098〕あなたのために私が叱られているのに、葦毛の面高の駄馬に乗って、のこのこやって来てよいものか。
意訳
鳥と馬に寄せた歌で、寄物陳思の結びである。朝の鴉に早く鳴くなと願う女の歌、麦を食む駒のように叱られても恋しさをこらえられない歌、川辺で馬に水を飲ませる間だけでも恋人を見ていたいという歌、自分のせいで叱られているのに目立つ馬で来るとは何事かと恋人をなじる歌が並ぶ。3098番は紀皇女が高安王との仲を責められた時の作と伝える。
語釈・文法注
文法・本文
- 朝鴉
- 「あさがらす」。朝に鳴く鴉。
- 馬柵
- 「うませ」。馬を囲う柵。
- 罵らゆれど
- 「のらゆれど」。叱られても。
- 思びがてなく
- 「しぬびがてなく」。こらえきれずに。
- 水飲へ
- 「みづかへ」。水を飲ませよ。
- 驄馬
- 「あをうま」。葦毛の馬。
- 面高ぶた
- 顔を高く上げた駄馬。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十二・相聞・3095〜3098番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 寄物陳思(鳥・馬に寄せる)。作者未詳。3098番は紀皇女の作と伝える。
修辞
- 序詞
- 3096番の上二句が「罵らゆ」を導く。
- 反復
- 3097番の「檜の隈」をくり返す。
解説
3098番は、密かな恋を責められている紀皇女が、目立つ馬で堂々とやって来る高安王をなじった歌と伝える。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、483頁(コマ34)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、557頁(コマ42)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日