万葉集 巻第十二 3084〜3086番
海處女 潛き取るとふ
海人の娘が潜って採るという忘れ貝のようには、決して忘れまい、妹の姿は。朝影のようにやせ細った、ほのかに見えて去って行った子のために。なまじ人であるよりは、蚕にでもなればよかった、わずかの間でも。貝・玉・蚕に寄せた歌三首。
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題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1海處女海處女あまおとめ海處女3084
- 2潛潛かずききき取取とるるるとととふふふ潛取云
- 3忘忘わすれ貝貝がい忘貝
- 4世世よにににももも忘忘わすれれれじじじ代二毛不忘
- 5妹妹いもががが光儀光儀すがたははは妹之光儀者
- 6朝朝あさ影影かげににに朝影爾3085
- 7吾吾わががが身身みはははなりなりなりぬぬぬ吾身者成奴
- 8玉玉たま耀耀かぎるるる玉蜻
- 9ほのかほのかほのかににに見見みえええててて髣髴所見而
- 10往往いにににししし兒兒こゆゑゆゑゆえににに往之兒故爾
- 11なかなかなかなかなかなかににに中中二3086
- 12人人ひととととあらあらあらずずずははは人跡不在者
- 13桑子桑子くわこにににももも桑子爾毛
- 14ならならならましましましものものものををを成益物乎
- 15玉玉たまののの緒緒をばかりばかりばかり玉之緒許
現代語訳
〔3084〕海人の娘が潜って採るという忘れ貝の名とは違って、決して忘れまい。いとしい人の姿は。
〔3085〕朝の影のように、私の身はやせ細ってしまった。(玉耀る)ほのかに見えて去って行った子のために。
〔3086〕なまじ人であるよりは、蚕にでもなればよかったものを。玉の緒のように短い間でも。
意訳
貝・玉・蚕に寄せた歌である。忘れ貝の名とは逆に恋人の姿は決して忘れないという歌、ほのかに見えて去った娘のためにやせ細った歌、恋に苦しむ人間であるよりは、短い命でも蚕になりたいという歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 海處女
- 「あまをとめ」。海人の娘。
- 潛き
- 「かづき」。潜って。
- 玉耀る
- 「たまかぎる」。「ほのか」にかかる枕詞。
- 桑子
- 「くはこ」。蚕。
- 玉の緒ばかり
- ほんの短い間だけでも。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十二・相聞・3084〜3086番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 寄物陳思(貝・玉・蚕に寄せる)。作者未詳。
修辞
- 逆説
- 3084番は「忘貝」を出して忘れないことを言う。
- 枕詞
- 3085番の「玉耀る」。
解説
3086番は、仲睦まじく繭を作る蚕をうらやみ、人であるよりは蚕になりたいという、奇抜な発想の歌である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、482頁(コマ34)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、556頁(コマ42)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日