万葉集 巻第十二 3080〜3083番
わたつみの 沖に生ひたる
沖に生える縄苔の名のように、名は決して告げまい、恋に死んでも。玉の緒を片撚りにして緒が弱く乱れるように、心乱れる時に恋しくないことがあろうか。君に逢わずに久しくなった、長い命も惜しくない。恋の思いがつのった今は、玉の緒が切れて乱れるように死にそうだ。藻・玉の緒に寄せた歌四首。
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題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1わたつみわたつみわたつみののの海若之3080
- 2沖沖おきににに生生おひひいたるたるたる奧爾生有
- 3繩繩なわ苔苔のりののの繩乘乃
- 4名名なははは曾曾かつててて告告のらららじじじ名者曾不告
- 5戀戀こひひいははは死死しぬぬぬともともとも戀者雖死
- 6玉玉たまののの緒緒をををを玉緒乎3081
- 7片片かた緒緒おににに搓搓よりりりててて片緒爾搓而
- 8緒緒をををを弱弱よわみみみ緒乎弱彌
- 9亂亂みだるるるるるる時時ときににに亂時爾
- 10戀戀こひひいずずずあらあらあらめめめやややももも不戀有目八方
- 11君君きみににに逢逢あははわずずず君爾不相3082
- 12久久ひさしくしくしくなりなりなりぬぬぬ久成宿
- 13玉玉たまののの緒緒をののの玉緒之
- 14長長ながききき命命いのちののの長命之
- 15惜惜おしけくしけくしけくもももなしなしなし惜雲無
- 16戀戀こふるふるうることことこと戀事3083
- 17益益まされれれるるる今今いまははは益今者
- 18玉玉たまののの緒緒をののの玉緒之
- 19絕絕たえええててて亂亂みだれれれててて絕而亂而
- 20死死しぬぬぬべくべくべく念念おもほゆほゆおゆ可死所念
現代語訳
〔3080〕海の沖に生えている縄苔の名のように、あなたの名は決して告げまい。恋に死んでも。
〔3081〕玉の緒を片撚りに撚って緒が弱いので玉が乱れるように、心乱れる時に、恋しく思わないことがあろうか。
〔3082〕あなたに逢わないまま久しくなってしまった。玉の緒のように長い命も、惜しくはない。
〔3083〕恋しく思う心がつのってきた今は、玉の緒が切れて玉が乱れるように、死んでしまいそうに思われる。
意訳
藻と玉の緒に寄せた歌である。縄苔の「の」にかけて、恋に死んでも恋人の名は告げないという誓い、片撚りの緒が切れて玉が乱れるように心乱れて恋しい歌、逢えずに久しく長い命も惜しくない歌、恋がつのって玉の緒が切れるように死にそうだという歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 繩苔
- 「なはのり」。縄のような海藻。「名」を導く。
- 曾て
- 「かつて」。決して。
- 片緒
- 片撚りの緒。
- 搓りて
- 「よりて」。撚って。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十二・相聞・3080〜3083番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 寄物陳思(藻・玉の緒に寄せる)。作者未詳。
修辞
- 序詞
- 3080番の上三句が「名」を、3081番の上三句が「亂るる」を導く。
- 比喩
- 玉の緒を命や恋のたとえとする。
解説
3081〜3083番は玉の緒を重ねて詠み、心の乱れ、命の長さ、死への思いを、緒の弱さや切れることに託している。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、482頁(コマ34)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、556頁(コマ42)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日