万葉集 巻第十二 3067〜3070番
谷狹み 峯へ延ひたる
谷が狭いので峰へ伸びる玉葛のように、仲が続いていれば一年に一度来なくても。水莖の岡の葛の葉を風が吹き返すように、顔見知りの子が見えないこの頃。赤駒が行き悩む葛原のように、伝言など何になろう、じかに逢う方がよい。田上山のさな葛のように、ずっと続いていれば今でなくても。葛に寄せた歌四首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1谷谷たに狹狹せばみみみ谷迫3067
- 2峯峯みねへへへ延延はひひいたるたるたる峯邊延有
- 3玉玉たま葛葛かずら玉葛
- 4蔓蔓はへへへてててしししあらあらあらばばば令蔓之有者
- 5年年としににに來來こずずずともともとも年二不來友
- 6水水みず莖莖くきののの水莖之3068
- 7岡岡おかのののくずくずくず葉葉はををを崗乃田葛葉緒
- 8吹吹ふきききかへしかへしかへし吹變
- 9面面おも知知しるるる兒兒こらららががが面知兒等之
- 10見見みえええぬぬぬ頃頃ころかもかもかも不見比鴨
- 11赤赤あか駒駒ごまののの赤駒之3069
- 12いいい行行ゆききき憚憚はばかるるる射去羽許
- 13まくずまくずまくず原原はら眞田葛原
- 14何何なにののの傳傳つて言言ごと何傳言
- 15直直ただにににししし吉吉えけむけむけむ直將吉
- 16木綿木綿ゆう疊疊たたみ木綿疊3070
- 17田上田上たなかみ山山やまののの田上山之
- 18狹名葛狹名葛さなかずら狹名葛
- 19在在ありりり去去さりりりてててしししももも在去之毛
- 20今今いまならならならずずずともともとも今不有十方
現代語訳
〔3067〕谷が狭いので峰の方へ伸びている玉葛のように、仲が長く続いているのなら、一年に一度来なくてもかまわない。
〔3068〕水莖の岡の葛の葉を風が吹き返すように、顔見知りのあの子が見えないこの頃であることよ。
〔3069〕赤駒も行き悩む葛原のように、何の伝言など。じかに逢ってこそよいだろうに。
〔3070〕(木綿疊)田上山のさな葛のように、このままずっと続いていけば、今でなくてもよい。
意訳
葛に寄せた歌である。峰へ長く伸びる葛のように仲が続くなら年に一度来なくてもよいという歌、風に吹き返される葛の葉のように顔見知りの子が見えない歌、人づての言葉ではなくじかに逢いたいという歌、葛のように仲が続けば今逢えなくてもよいという歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 谷狹み
- 「たにせばみ」。谷が狭いので。
- 延へて
- 「はへて」。長く伸ばして。
- 水莖の
- 「岡」にかかる枕詞。
- い行き憚る
- 行き悩む。
- 傳言
- 「つてごと」。人づての言葉。
- 木綿疊
- 「ゆふたたみ」。「田上」にかかる枕詞。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十二・相聞・3067〜3070番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 寄物陳思(葛に寄せる)。作者未詳。
修辞
- 序詞
- 各首の上句が、葛から「延へ」「吹きかへし」「憚る」「在り」を導く。
解説
3069番は、人づての言葉ではなく直接逢うことを求める、率直な恋の歌である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、481頁(コマ33)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、555頁(コマ41)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日