万葉集 巻第十二 3058〜3062番
うち日さす 宮にはあれど
宮仕えの身だが、月草のように移ろう心は私は持たない。いくら人が噂しても、月草のような移り気な心は持つまい。忘れ草を紐につけているが、絶えず思い続けて生きた心地もない。暁に目を覚ます草だと思ってこれを見て、私を偲んでください。忘れ草を垣にぎっしり植えたが、役立たずの草だ、やはり恋しい。月草・忘れ草に寄せた歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1うちうちうち日日ひさすさすさす內日刺3058
- 2宮宮みやにににはははあれあれあれどどど宮庭有跡
- 3鴨頭草鴨頭草つきくさののの鴨頭草乃
- 4移移うつろふろふろう情情こころ移情
- 5吾吾わががが思思おもははわなくなくなくににに吾思名國
- 6百百ももににに千千ちににに百爾千爾3059
- 7人人ひとははは言言いふふうともともとも人者雖言
- 8月月つき草草くさののの月草之
- 9移移うつろふろふろうこころこころこころ移情
- 10吾吾われ持持もたたためめめやややももも吾將持八方
- 11わすれわすれわすれ草草ぐさ萱草3060
- 12吾吾わががが紐紐ひもににに著著つくくく吾紐爾著
- 13時時ときととと無無なくくく時常無
- 14思思おもひひいわたれわたれわたればばば念度者
- 15生生いけけけりりりともともともなしなしなし生跡文奈思
- 16五更五更あかときののの五更之3061
- 17目目め不醉不醉ざまし草草ぐさととと目不醉草跡
- 18此此これをををだにだにだに此乎谷
- 19見見みつつつつつつ坐坐いましししててて見乍座而
- 20吾吾われととと偲偲しぬばばばせせせ吾止偲爲
- 21わすれわすれわすれ草草ぐさ萱草3062
- 22垣垣かきももも繁森繁森しみみににに垣毛繁森
- 23植植うゑゑえたれたれたれどどど雖殖有
- 24醜醜しこののの醜醜しこ草草ぐさ鬼之志許草
- 25なほなほなお戀戀こひひいにににけりけりけり猶戀爾家利
現代語訳
〔3058〕(うち日さす)宮仕えの身ではあるけれど、月草のように移ろう心を、私は思ってもいないのに。
〔3059〕百にも千にも人はあれこれ言っても、月草のように移ろう心を、私が持つものか。
〔3060〕忘れ草を私の衣の紐につけている。それなのに、いつと定めもなく思い続けるので、生きている心地もしない。
〔3061〕暁に目を覚まさせる草だと思って、これだけでも見ながらいらして、私だと思って偲んでください。
〔3062〕忘れ草を垣根にもぎっしりと植えたけれど、役立たずの醜い草だ。やはり恋しく思ってしまった。
意訳
月草と忘れ草に寄せた歌である。宮仕えの身でも月草のような移り気な心は持たないという歌、人がどう言おうと心は移さないという誓い、恋を忘れるという忘れ草を紐につけても忘れられない嘆き、贈った草を見て自分を偲んでほしいという歌、忘れ草を垣根いっぱいに植えたのに効き目がないとののしる歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- うち日さす
- 「宮」にかかる枕詞。
- 鴨頭草
- 「つきくさ」。露草。色があせやすく、心変わりのたとえ。
- わすれ草
- 萱草(かんぞう)。身につけると憂いを忘れるとされた。
- 目不醉草
- 「めざましぐさ」。目を覚まさせる草。
- 繁森に
- 「しみみに」。ぎっしりと。
- 醜の醜草
- 「しこのしこぐさ」。役に立たないいまいましい草。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十二・相聞・3058〜3062番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 寄物陳思(月草・忘れ草に寄せる)。作者未詳。
修辞
- 序詞
- 3058・3059番の「鴨頭草の」「月草の」が「移ろふ」を導く。
- 反復
- 3062番の「醜の醜草」。
解説
3062番は、忘れ草を垣根いっぱいに植えたのに恋を忘れられないと、草に八つ当たりする、ユーモアのある歌である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、480頁(コマ33)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、554頁(コマ41)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日