万葉集 巻第十二 3053〜3057番
あしひきの 山菅の根の
山菅の根のようにねんごろに絶えず思えば、妹に逢えるだろうか。思ってくれない人なのに、どうしてねんごろに思っているのか。絶えず君を思うからか、この頃は正気もない。妹の門を通り過ぎかねて草を結んだ、風よ吹き解くな、また帰り見よう。浅茅原の茅生を踏んで心を痛め、思う子の家のあたりを見た。菅・草に寄せた歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1あしひきあしひきあしひきののの足檜木之3053
- 2山山やま菅菅すがののの根根ねののの山菅根之
- 3ねもころねもころねもころににに懃
- 4止止やまままずずず思思おもははわばばば不止念者
- 5妹妹いもににに逢逢あははわむむんかもかもかも於妹將相可聞
- 6相相あい思思おもははわずずず相不念3054
- 7あるあるあるものものものをををかもかもかも有物乎鴨
- 8菅菅すがののの根根ねののの菅根乃
- 9ねもころごろねもころごろねもころごろににに懃懇
- 10吾吾わががが思思おもへへえるるるらむらむらん吾念有良武
- 11山山やま菅菅すがののの山菅之3055
- 12止止やまままずずずててて君君きみををを不止而公乎
- 13おもへおもへおもえかもかもかも念可母
- 14吾吾わががが心神心神こころどののの吾心神之
- 15此此こののの頃頃ごろははは無無なききき頃者名寸
- 16妹妹いもががが門門かど妹門3056
- 17去去ゆききき過過すぎぎぎかねかねかねててて去過不得而
- 18草草くさ結結むすぶぶぶ草結
- 19風風かぜ吹吹ふききき解解とくくくななな風吹解勿
- 20又又また顧顧かえりみむむむ又將顧
- 21淺淺あさ茅茅じ原原はら淺茅原3057
- 22茅茅ち生生ふににに足足あし蹈蹈ふみみみ茅生丹足蹈
- 23心心こころぐみぐみぐみ意具美
- 24吾吾わががが念念もふふう兒兒こらららががが吾念兒等之
- 25家家いえのののあたりあたりあたり見見みつつつ家當見津
現代語訳
〔3053〕(あしひきの)山菅の根のように、ねんごろに絶えず思っていたなら、いとしい人に逢えるだろうか。
〔3054〕思ってもくれない人であるのに、(菅の根の)どうしてねんごろに、私は思っているのだろう。
〔3055〕山菅のように絶えずあなたを思っているからか、私の正気も、この頃はない。
〔3056〕いとしい人の家の門を通り過ぎかねて草を結んだ。風よ、吹き解かないでおくれ。また帰り見よう。
〔3057〕浅茅原の茅の生えた所に足を踏み入れて心を痛めながら、私が思う子の家のあたりを見たことだ。
意訳
菅と草に寄せた歌である。ねんごろに思い続ければ恋人に逢えるかという歌、思ってくれない人をなぜねんごろに思うのかという自問、絶えず思って正気も失った歌、恋人の家の前で再訪を誓って草を結ぶ歌、茅の生えた所を踏んで痛む心で恋人の家を見た歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- ねもころごろに
- ねんごろに。
- 心神
- 「こころど」。しっかりした心、正気。
- 草結ぶ
- 再会を祈るまじないとして草を結ぶ。
- 茅生
- 「ちふ」。茅の生えた所。
- 心ぐみ
- 心が痛んで。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十二・相聞・3053〜3057番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 寄物陳思(菅・草に寄せる)。作者未詳。
修辞
- 序詞
- 3053・3054番の「山菅の根の」「菅の根の」が「ねもころ」を、3055番の「山菅の」が「止まず」を導く。
解説
3056番の草を結ぶしぐさは、再び訪れることを願うまじないで、旅の歌にも多く見られる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、480頁(コマ33)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、554頁(コマ41)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日