万葉集 巻第十二 3048〜3052番
御獵する 鴈羽の小野の
狩場の鴈羽の小野の櫟柴のように、馴れ親しむことは増さず恋ばかりが増す。麻原の下草が早く生えたなら、妹の下紐を解かずにいたのに。春日野の浅茅に標を結い、絶えるものかと思う人は、いよいよ末長く。山菅の根のようにねんごろに恋う、君の姿に。佐紀沢の菅の根が絶えるように、君が見えないこの頃。柴・草・菅に寄せた歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1御御み獵獵かりするするする御獵爲3048
- 2鴈羽鴈羽かりはののの小小お野野ぬののの鴈羽之小野之
- 3櫟柴櫟柴ならしばののの櫟柴之
- 4馴馴なれれれははは益益まさらららずずず奈禮波不益
- 5戀戀こいこそこそこそまさまさまされれれ戀社益
- 6櫻櫻さくら麻麻あさののの櫻麻之3049
- 7麻麻お原原ふののの下下した草草くさ麻原乃下草
- 8早早はやくくく生生おひひいばばば早生者
- 9妹妹いもががが下下した紐紐ひも妹之下紐
- 10解解とかかかざらざらざらましましましををを不解有申尾
- 11春日春日かすが野野ぬににに春日野爾3050
- 12淺淺あさ茅茅じ標標しめ結結ゆひひい淺茅標結
- 13斷斷たえええめめめやややととと斷米也登
- 14吾吾わががが念念もふふう人人ひとははは吾念人者
- 15いやいやいや遠遠とお長長ながににに彌遠長爾
- 16あしひきあしひきあしひきののの足檜之3051
- 17山山やま菅菅すがののの根根ねののの山菅根乃
- 18懃懃ねもころににに懃
- 19吾吾われはははぞぞぞ戀戀こふるふるうる吾波曾戀流
- 20君君きみががが光儀光儀すがたににに君之光儀爾
- 21杜若杜若かきつはた垣津旗3052
- 22佐紀佐紀さき澤澤さわににに生生おふるふるうる開澤生
- 23菅菅すがののの根根ねののの菅根之
- 24絕絕たゆゆゆとととややや君君きみががが絕跡也君之
- 25見見みえええぬぬぬ此此こののの頃頃ごろ不所見頃者
現代語訳
〔3048〕狩りをする鴈羽の小野の櫟柴のように、馴れ親しむことは増さないで、恋しさばかりが増さることだ。
〔3049〕桜麻の麻畑の下草が早く生えていたなら、いとしい人の下紐を解かずにいたものを。
〔3050〕春日野の浅茅に標を結って、絶えることなどあろうかと私が思う人は、いよいよ末長く。
〔3051〕(あしひきの)山菅の根のように、ねんごろに私は恋い慕っている。あなたの姿に。
〔3052〕(杜若)佐紀沢に生える菅の根のように、仲が絶えたというのか、あなたが見えないこの頃であることよ。
意訳
柴・草・菅に寄せた歌である。馴れ親しむことは増さず恋しさばかりが増す歌、下草が早く生えていれば下紐を解かなかったのにという後悔とも戯れともつかぬ歌、浅茅に標を結うように末長くと願う相手、山菅の根のようにねんごろな恋、菅の根が絶えるように恋人が見えなくなった嘆きが並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 御獵
- 「みかり」。狩り。
- 鴈羽の小野
- 「かりはのをぬ」。所在未詳。
- 櫟柴
- 「ならしば」。小さな楢の木。「馴れ」を導く。
- 麻原
- 「をふ」。麻畑。
- 遠長に
- 「とほながに」。末長く。
- 懃に
- 「ねもころに」。ねんごろに。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十二・相聞・3048〜3052番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 寄物陳思(柴・草・菅に寄せる)。作者未詳。
修辞
- 序詞
- 各首の上句が、柴・草・菅から「馴れ」「標」「ねもころ」「絶ゆ」を導く。
- 枕詞
- 「あしひきの」「杜若」。
解説
3048番は「馴れ」と「戀」を「益らず」「益され」と対比させた、技巧的な歌である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、480頁(コマ33)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、553頁(コマ40)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日