万葉集 巻第十二 3034〜3037番
吾妹子に 戀ひ術なかり
妹を恋うてどうしようもなく、胸が熱いので朝戸を開けると霧が見える。暁の朝霧に隠れて帰ったのに、どうして恋が顔に出てしまったのか。思い出す時はどうしようもなく、佐保山に立つ雨霧のように消えてしまいそうだ。殺目山の行き帰りの道の朝霞のように、ほのかにでも妹に逢えないのか。霧・霞に寄せた歌四首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1吾吾わぎ妹妹も子子こににに吾妹兒爾3034
- 2戀戀こひひい術術すべなかりなかりなかり戀爲便名鴈
- 3胸胸むねををを熱熱あつみみみ胷乎熱
- 4朝朝あさ戸戸と開開あくれくれくればばば旦戸開者
- 5見見みゆるゆるゆる霧霧きりかもかもかも所見霧可聞
- 6曉曉あかときののの曉之3035
- 7朝朝あさ霧霧ぎり隱隱ごもりりり朝霧隱
- 8反反かえりりりしししににに反羽二
- 9如何如何いかにににかかか戀戀こいののの如何戀乃
- 10色色いろににに出出いでででにににけるけるける色丹出爾家留
- 11思思おもひひい出出いづるづるずる思出3036
- 12時時ときははは術術すべ無無なみみみ時者爲便無
- 13佐保佐保さほ山山やまににに佐保山爾
- 14立立たつつつ雨雨あま霧霧ぎりののの立雨霧乃
- 15消消けぬぬぬべくべくべく念念おもほゆほゆおゆ應消所念
- 16殺目殺目きりめ山山やま殺目山3037
- 17往往ゆき反反かえるるる道道みちののの往反道之
- 18朝朝あさ霞霞がすみ朝霞
- 19ほのかほのかほのかにににだにだにだにややや髣髴谷八
- 20妹妹いもににに逢逢あははわざらざらざらむむん妹爾不相牟
現代語訳
〔3034〕いとしい人を恋しく思ってどうしようもなく、胸が熱いので朝戸を開けると、見えるのは霧であることよ。
〔3035〕暁の朝霧に隠れて帰ったのに、どうして恋が、顔色に出てしまったのだろう。
〔3036〕思い出す時はどうしようもなくて、佐保山に立つ雨霧のように、消えてしまいそうに思われる。
〔3037〕殺目山を行き帰りする道の朝霞のように、ほのかにでも、いとしい人に逢えないのだろうか。
意訳
霧と霞に寄せた歌である。恋に胸が熱くて朝戸を開けると霧が立ちこめている歌、朝霧に隠れて帰ったのに恋が顔に出てしまった歌、佐保山の雨霧のように消えてしまいそうな思い、朝霞のようにほのかにでも恋人に逢えないかという嘆きが並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 胸を熱み
- 胸が熱いので。
- 朝霧隱り
- 朝霧に隠れて。
- 色に出で
- 顔色に表れる。
- 雨霧
- 「あまぎり」。雨のように立ちこめる霧。
- 殺目山
- 「きりめやま」。紀伊の山。
- ほのかに
- 白文は「髣髴」と書く。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十二・相聞・3034〜3037番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 寄物陳思(霧・霞に寄せる)。作者未詳。
修辞
- 序詞
- 3036番の第三・四句が「消ぬ」を、3037番の上三句が「ほのか」を導く。
解説
3034番は、恋の熱で胸が熱いという表現と、朝戸を開けて見る霧の情景が結びついた、印象的な歌である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、479頁(コマ32)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、552頁(コマ40)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日