万葉集 巻第十二 3021〜3024番
隱沼の 下ゆは戀ひむ
隠れ沼のように心の中で恋しよう、はっきり人に知られるように嘆いたりするものか。行き場のない小沼のように心の中で物思いをするこの頃。こもり沼の下から恋があふれて白波のようにはっきり出てしまった、人に知られるほど。堀江のさざ波のように、しきりに恋い続けていると告げてほしい。沼・江に寄せた歌四首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1隱隱こもり沼沼ぬののの絕沼之3021
- 2下下したゆゆゆははは戀戀こひひいむむん下從者將戀
- 3著著いちしろくくく市白久
- 4人人ひとののの知知しるるるべくべくべく人之可知
- 5嘆嘆なげきせせせめめめやややももも歎爲米也母
- 6行行ゆく方方へ無無なみみみ去方無三3022
- 7こもれこもれこもれるるる小小お沼沼ぬののの隱有小沼乃
- 8下下した思思もいににに下思爾
- 9吾吾われぞぞぞものものもの思思おもふふう吾曾物念
- 10此此こののの頃頃ごろののの間間あいだ頃者之間
- 11こもりこもりこもり沼沼ぬののの隱沼乃3023
- 12下下したゆゆゆ戀戀こひひい餘餘あまりりり下從戀餘
- 13白白しら浪浪なみののの白浪之
- 14いちじろくいちじろくいちじろく出出いでででぬぬぬ灼然出
- 15人人ひとののの知知しるるるべくべくべく人之可知
- 16妹妹いもががが目目めををを妹目乎3024
- 17見見みまくまくまくほりほりほり江江えののの見卷欲江之
- 18さざれさざれさざれ浪浪なみ小浪
- 19重重しきききててて戀戀こひひいつつつつつつ敷而戀乍
- 20ありありありととと告告つげげげこそこそこそ有跡告乞
現代語訳
〔3021〕隠れ沼のように、心の中でひそかに恋しよう。はっきりと人に知られるほどに、嘆いたりするものか。
〔3022〕流れ出る先もなくこもっている小沼のように、心の中の思いに、私は物思いをしている。この頃の間は。
〔3023〕こもり沼の下から恋があふれ出て、白波のようにはっきりと表に出てしまった。人に知られるほどに。
〔3024〕いとしい人の顔を見たいと欲る、その名の堀江のさざ波のように、しきりに恋い続けていると告げておくれ。
意訳
沼と江に寄せた歌である。隠れ沼のように心の中でひそかに恋し、人に知られるような嘆きはすまいという歌、出口のない小沼のように心の中で物思いをする歌、ついに恋があふれて人に知られてしまった歌、堀江のさざ波のようにしきりに恋い続けていると恋人に伝えてほしいという歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 隱沼
- 「こもりぬ」。草に覆われて見えない沼。
- 下ゆ
- 心の中で。
- 著く
- 「いちしろく」。はっきりと。
- 下思
- 「したもひ」。心の中の思い。
- ほり江
- 「欲り」と「堀江」を掛ける。
- 重きて
- 「しきて」。しきりに。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十二・相聞・3021〜3024番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 寄物陳思(沼・江に寄せる)。作者未詳。
修辞
- 掛詞
- 3024番の「ほり江」は「見まく欲り」と「堀江」を掛ける。
- 対照
- 3021番と3023番は、隠そうとする恋と、あふれ出た恋を対比する。
解説
3021番と3023番は同じ隠れ沼の比喩を用い、ひそかな恋がついに表に出てしまう経過を描いている。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、478頁(コマ32)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、551頁(コマ39)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日