万葉集 巻第十二 3017〜3020番
あしひきの 山河水の
山川の水音のように声には出さず、人妻のために恋い続ける。巨勢の能登瀬川のように後にでも逢おう、今でなくても。取替河の淀のように途絶えようとする心は思いもよらない。斑鳩の因可の池の名のように、よろしく君を言わないので、物思いをする。河・池に寄せた歌四首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1あしひきあしひきあしひきののの足檜木之3017
- 2山山やま河河がわ水水みずののの山河水之
- 3音音おとににに出出いでででずずず音不出
- 4人人ひとののの子子こゆゑゆゑゆえににに人之子姤
- 5戀戀こひひいわたるわたるわたるかもかもかも戀渡青頭鷄
- 6巨勢巨勢こせなるなるなる高湍爾有3018
- 7能登瀨能登瀨のとせののの河河かはののの能登瀬乃河之
- 8後後のちももも逢逢あははわむむん後將合
- 9妹妹いもにににははは吾吾われははは妹者吾者
- 10今今いまならならならずずずともともとも今爾不有十方
- 11あらひあらひあらい衣衣きぬ浣衣3019
- 12取替取替とりかえ河河がわののの取替河之
- 13河河かわ淀淀よどののの河余杼能
- 14不通不通よどまままむむん心心こころ不通牟心
- 15思思おもひひいかねかねかねつつつももも思兼都母
- 16斑鳩斑鳩いかるがののの斑鳩之3020
- 17因可因可よるかののの池池いけののの因可乃池之
- 18宜宜よろしくしくしくももも宜毛
- 19君君きみををを言言いははわねねねばばば君乎不言者
- 20念念おもひひいぞぞぞ吾吾わがががするするする念衣吾爲流
現代語訳
〔3017〕(あしひきの)山川の水の音のように、声に出しては言わずに、人妻のために恋い続けることだ。
〔3018〕巨勢にある能登瀬川のように、後にでも逢おう、いとしい人に私は。今でなくとも。
〔3019〕(あらひ衣)取替河の河淀のように、淀んで途絶えようとする心は、思いもよらないことだ。
〔3020〕斑鳩の因可の池の名のように、よろしくあなたのことを人が言わないので、私は物思いをしていることだ。
意訳
河と池に寄せた歌である。山川の水音のように声に出さず人妻を恋い続ける歌、能登瀬川の名にかけて後にでも必ず逢おうという歌、河淀のように仲が途絶えることなど思いもよらないという歌、人が恋人をよく言わないので物思いをする歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 人の子ゆゑ
- 人妻のために。白文は「人之子姤」と書く。
- 能登瀨
- 「のとせ」。巨勢の川の瀬。「後」を導く。
- 取替河
- 「とりかへがは」。所在未詳。
- 因可の池
- 「よるかのいけ」。斑鳩の池。「よろし」を導く。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十二・相聞・3017〜3020番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 寄物陳思(河・池に寄せる)。作者未詳。
修辞
- 序詞
- 各首の上句が、河や池の名から「音」「後」「不通む」「宜しく」を導く。
- 戯書
- 3017番の白文は「かも」を「青頭鷄」(鴨)と書く。
解説
3017番の「青頭鷄」は、頭の青い鳥、すなわち鴨を「かも」に当てた戯書である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、477頁(コマ31)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、550頁(コマ39)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日