万葉集 巻第十二 3008〜3012番
あしひきの 山を木高み
山の木が高いのでなかなか出ない夕月のように、君をいつかと待つのが苦しい。橡の衣を解いて洗いまた打つ眞土山の名のように、昔なじみの人にはやはり及ばない。佐保河の波の立たない静けさのように、君に寄り添って明日もいたい。宜寸河の名のように、逢う手立てがあればよい。との曇り雨の降る河のさざ波のように、絶え間なく君が思われる。月・山・河に寄せた歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1あしひきあしひきあしひきののの足引之3008
- 2山山やまををを木木こ高高だかみみみ山呼木高三
- 3夕夕ゆう月月づきををを暮月乎
- 4何時何時いつかかかととと君君きみををを何時君乎
- 5待待まつつつががが苦苦くるしししさささ待之苦沙
- 6橡橡つるばみののの橡之3009
- 7衣衣きぬ解解とききき洗洗あらひひい衣解洗
- 8眞土眞土まつち山山やま又打山
- 9本本もとつつつ人人ひとにににははは古人爾者
- 10なほなほなお如如しかかかずずずけりけりけり猶不如家利
- 11佐保佐保さほ河河がわののの佐保河之3010
- 12河河かわ浪浪なみ立立たたたたずずず河浪不立
- 13靜靜しずけくけくけくももも靜雲
- 14君君きみににに副副たぐひひいててて君二副而
- 15明日明日あすさへさへさへもももがががももも明日兼欲得
- 16吾吾わぎ妹妹も子子こににに吾妹兒爾3011
- 17衣衣ころも春日春日かすがののの衣借香之
- 18宜寸宜寸よしき河河がわ宜寸河
- 19よしよしよしもももあらあらあらぬぬぬかかか因毛有額
- 20妹妹いもががが目目めををを見見みむむむ妹之目乎將見
- 21とのとのとの曇曇ぐもりりり登能雲入3012
- 22雨雨あめふるふるふる河河かはののの雨零河之
- 23さざれさざれさざれ浪浪なみ左射禮浪
- 24間間ま無無なくくくももも君君きみははは間無毛君者
- 25おもほゆるおもほゆるおもおゆるかもかもかも所念鴨
現代語訳
〔3008〕(あしひきの)山の木が高いので遅く出る夕月のように、いつ来るかとあなたを待つのが苦しいことだ。
〔3009〕橡染めの衣を解いて洗い、また打つという名の眞土山のように、昔なじみの人には、やはり及ばないことだ。
〔3010〕佐保河の川波が立たないように静かに、あなたに寄り添って、明日もいたいものだ。
〔3011〕(吾妹子に衣)春日の宜寸河の名のように、逢うよしもないものか。いとしい人の顔を見たい。
〔3012〕一面に曇って雨の降る川のさざ波のように、絶え間なく、あなたのことが思われることだ。
意訳
月・山・河に寄せた歌である。山の木が高くて出るのが遅い月のように待ちわびる歌、衣を洗ってまた打つ眞土山の名にかけて昔なじみが一番だという歌、佐保河の静かな流れのように恋人に寄り添っていたい願い、宜寸河の名にかけて逢う手立てを求める歌、雨の川のさざ波のように絶え間なく恋人を思う歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 木高み
- 木が高いので。
- 眞土山
- 「まつちやま」。大和と紀伊の境の山。白文は「又打山」と書き、「また打つ」の意を掛ける。
- 本つ人
- 「もとつひと」。昔なじみの人。
- 副ひて
- 「たぐひて」。寄り添って。
- 宜寸河
- 「よしきがは」。奈良の川。「よし」を導く。
- との曇り
- 一面に曇って。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十二・相聞・3008〜3012番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 寄物陳思(月・山・河に寄せる)。作者未詳。
修辞
- 序詞
- 各首の上句が、月・山・河から「何時か」「本つ人」「靜けく」「よし」「間無く」を導く。
- 掛詞
- 3009番の「眞土山」に「また打つ」を掛ける。
解説
3009番は、新しい人より昔なじみの方がよいと、衣の洗い張りにかけて詠んだ機知の歌である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、477頁(コマ31)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、550頁(コマ39)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日