万葉集 巻第十二 2999〜3002番
水を多み 上に種蒔き
水が多いので高い所に種を蒔き、稗が多いので選り抜いたように、選り好みしたせいで独り寝をする。心が通い合えば共寝するのに、山田の鹿猪田を見張るように母が見張っている。春日野に照る夕日のようによそにばかり君を見て、今は悔しい。山から出る月を待つと人には言って、妹を待つ私よ。田・日・月に寄せた歌四首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1水水みずををを多多おおみみみ水乎多2999
- 2上上あげににに種種たね蒔蒔まききき上爾種蒔
- 3稗稗ひえををを多多おおみみみ比要乎多
- 4擇擢擇擢えらえええししし業業わざぞぞぞ擇擢之業曾
- 5吾吾わががが獨獨ひとり宿宿ぬるるる吾獨宿
- 6靈靈たま合合あははわばばば靈合者3000
- 7相相あい宿宿ねむむむものものものををを相宿物乎
- 8小小お山山やま田田だののの小山田之
- 9鹿猪鹿猪しし田田だ禁禁もるるる如如ごと鹿猪田禁如
- 10母母ははししし守守もらすらすらすももも母之守爲裳
- 11春日春日かすが野野ぬににに春日野爾3001
- 12照照てれれれるるる夕夕ゆう日日ひののの照有暮日之
- 13外外よそのみのみのみににに外耳
- 14君君きみををを相相あい見見みててて君乎相見而
- 15今今いまぞぞぞ悔悔くやしきしきしき今曾悔寸
- 16あしひきあしひきあしひきののの足日木乃3002
- 17山山やまよりよりより出出いづるづるずる從山出流
- 18月月つき待待まつつつととと月待登
- 19人人ひとにににはははいひいひいいててて人爾波言而
- 20妹妹いも待待まつつつ吾吾われををを妹待吾乎
現代語訳
〔2999〕水が多いので高い田に種を蒔き、稗が多いので選り抜いたように、選り好みした報いで、私は独り寝をすることだ。
〔3000〕心が通い合ったら共寝しようものを、山田の鹿猪田を見張るように、母が見張っていらっしゃることよ。
〔3001〕春日野に照る夕日のように、よそながらにばかりあなたを見て、今になって悔しいことだ。
〔3002〕(あしひきの)山から出る月を待つのだと人には言って、いとしい人を待っている私よ。
意訳
田・日・月に寄せた歌である。稲作の手順にたとえて選り好みした結果の独り寝を嘆く歌、心は通い合っているのに母が鹿猪田の番のように見張っているという娘の歌、よそから見るばかりで終わったことを悔やむ歌、月を待つと人には言いつくろって恋人を待つ歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 上
- 「あげ」。高い所にある田。
- 擇擢えし
- 「えらえし」。選り抜いた。
- 靈合はば
- 「たまあはば」。魂が通い合ったら。
- 鹿猪田
- 「ししだ」。鹿や猪に荒らされる田。
- 禁る
- 「もる」。見張る。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十二・相聞・2999〜3002番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 寄物陳思(田・日・月に寄せる)。作者未詳。
修辞
- 比喩
- 2999番は稲作の手順を恋の選り好みにたとえる。
- 序詞
- 3001番の上二句が「外」を導く。
解説
3000番は、鹿猪田を見張るように娘を見張る母の姿を、農村の生活に即してユーモラスに描いている。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、476頁(コマ31)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、549頁(コマ38)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日