万葉集 巻第十二 2986〜2989番
梓弓 引きみ弛べみ
梓弓を引いたりゆるめたりするように思い迷った末、もう心は寄ってしまった。梓弓を引いてゆるめない丈夫が、恋に耐えられないのか。途中で途絶えていた君に逢えた、嘆きはもう止もう。今さら何を思おう、引いたりゆるめたりして心は寄ってしまったのに。弓に寄せた歌四首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1梓梓あずさ弓弓ゆみ梓弓2986
- 2引引ひきききみみみ弛弛ゆるべべべみみみ引見縱見
- 3思思おもひひい見見みててて思見而
- 4すでにすでにすでに心心こころははは既心齒
- 5緣緣よりりりにににしししものものものををを因爾思物乎
- 6梓梓あずさ弓弓ゆみ梓弓2987
- 7引引ひきききててて縱縱ゆるさささぬぬぬ引而不縱
- 8丈夫丈夫ますらおややや大夫哉
- 9戀戀こいとととふふふものものものををを戀云物乎
- 10忍忍しのびびびかねかねかねてててむむん忍不得牟
- 11梓梓あずさ弓弓ゆみ梓弓2988
- 12末末すえののの中中なかごろごろごろ末中一伏三起
- 13不通不通よどめめめりりりししし不通有之
- 14君君きみにににははは逢逢あひひいぬぬぬ君者會奴
- 15嘆嘆なげきははは息息やめめめむむん嘆羽將息
- 16今今いま更更さらににに今更2989
- 17何何なにしかしかしか思思おもははわむむん何牡鹿將念
- 18梓梓あずさ弓弓ゆみ梓弓
- 19引引ひきききみみみ弛弛ゆるべべべみみみ引見縱見
- 20緣緣よりりりにににしししものものものををを緣西鬼乎
現代語訳
〔2986〕梓弓を引いたりゆるめたりするように、あれこれ思ってみて、もう心はあなたに寄ってしまったのに。
〔2987〕梓弓を引いてゆるめない立派な男子でも、恋というものには、耐えきれないのだろうか。
〔2988〕(梓弓)途中で途絶えていたあなたに、逢うことができた。嘆きはもう止めよう。
〔2989〕今さら何を思い迷うことがあろう。梓弓を引いたりゆるめたりするように迷った末に、心は寄ってしまったのに。
意訳
弓に寄せた歌である。弓を引いたりゆるめたりするように迷った末に恋人に心を寄せた歌、弓を引き絞ってゆるめない丈夫も恋には耐えられないという歌、途絶えていた恋人とまた逢えて嘆きを止めようという歌、迷いの末に心を決めた今さら何を思おうという歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 引きみ弛べみ
- 引いたりゆるめたり。
- 縱さぬ
- 「ゆるさぬ」。ゆるめない。
- 中ごろ
- 途中。白文は「中一伏三起」と書く戯書(柶の目)。
- 不通めりし
- 「よどめりし」。途絶えていた。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十二・相聞・2986〜2989番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 寄物陳思(弓に寄せる)。作者未詳。
修辞
- 序詞
- 2986・2989番の「梓弓引きみ弛べみ」が迷う心を表す。
- 戯書
- 2988番の「一伏三起」(ころ)、2989番の「牡鹿」(しか)。
解説
2988番の「一伏三起」は、四本の木片を投げる遊び(柶)で一本が伏し三本が起きた目を「ころ」と呼んだことによる戯書である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、475頁(コマ30)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、548頁(コマ38)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日