万葉集 巻第十二 2972〜2976番
赤帛の 純裏の衣
赤い絹の総裏の衣のように長く逢いたいと思う君が、見えないこの頃。遠い先までかけて結んだ下紐が解ける日があろうか。紫の帯の結びも解かず、むやみに妹を恋い続けるのか。高麗錦の紐の結びも解かず身を慎んで待つのに、かいがない。紫の下紐の色のように表に出さず、恋にやせるのか、逢う手立てがなくて。紐・帯に寄せた歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1赤帛赤帛ちかぎぬののの赤帛之2972
- 2純裏純裏ひつらののの衣衣ころも純裏衣
- 3ながくながくながく欲欲ほりりり長欲
- 4我我わががが念念もふふう君君きみががが我念君之
- 5見見みえええぬぬぬ頃頃ころかもかもかも不所見比者鴨
- 6眞眞ま玉玉たまつくつくつく眞玉就2973
- 7遠近遠近おちこちかねかねかねててて越乞兼而
- 8結結むすびびびつるつるつる結鶴
- 9吾吾わががが下下した紐紐ひもののの言下紐之
- 10解解とくるくるくる日日ひあらあらあらめめめややや所解日有米也
- 11むらさきむらさきむらさきののの紫2974
- 12帶帶おびののの結結むすびももも帶之結毛
- 13解解ときききももも見見みずずず解毛不見
- 14もとなもとなもとなややや妹妹いもににに本名也妹爾
- 15戀戀こひひいわたりわたりわたりなむなむなん戀度南
- 16高麗高麗こま錦錦にしき高麗錦2975
- 17紐紐ひもののの結結むすびももも紐之結毛
- 18解解とききき放放さけけけずずず解不放
- 19齋齋いわひひいててて待待まてててどどど齋而待杼
- 20しるししるししるしなきなきなきかもかもかも驗無可聞
- 21紫紫むらさきののの紫2976
- 22我我わががが下下した紐紐ひもののの我下紐乃
- 23色色いろににに出出いでででずずず色爾不出
- 24戀戀こひひいかもかもかも痩痩やせせせむむん戀可毛將瘦
- 25逢逢あふふうよしよしよしををを無無なみみみ相因乎無見
現代語訳
〔2972〕赤い絹の総裏の衣のように、長く逢っていたいと私が思うあなたが、見えないこの頃であることよ。
〔2973〕(眞玉つく)遠い先のことまでかけて結んだ私の下紐が、解ける日などあろうか。
〔2974〕紫の帯の結び目も解いてもみないで、むやみに、いとしい人を恋い続けるのだろうか。
〔2975〕高麗錦の紐の結び目も解き放たずに、身を慎んで待っているけれど、そのかいもないことだ。
〔2976〕紫に染めた私の下紐の色のように、表には出さずに、恋にやせてしまうのだろうか。逢う手立てもないので。
意訳
紐と帯に寄せた歌である。総裏の衣のように長く逢いたい人が見えないという歌、遠い先まで誓って結んだ下紐は解けはしないという誓い、帯を解くこともなく恋い続ける歌、紐を解かずに身を慎んで待つのにかいがない嘆き、下紐の色のように恋を表に出さずやせていく歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 赤帛
- 「ちかぎぬ」。赤い絹。
- 純裏
- 「ひつら」。表と同じ布で裏をつけたもの。
- 眞玉つく
- 「遠」(をち)にかかる枕詞。
- 遠近かねて
- 遠い先も近い今もかけて。
- もとなや
- むやみに。
- 齋ひて
- 「いはひて」。身を慎んで。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十二・相聞・2972〜2976番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 寄物陳思(紐・帯に寄せる)。作者未詳。
修辞
- 序詞
- 2972番の上二句が「ながく」を、2976番の上二句が「色」を導く。
解説
紐や帯を解かずに待つことは、恋人以外に身を許さない貞節のしるしとされた。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、474頁(コマ30)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、547頁(コマ37)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日