万葉集 巻第十二 2968〜2971番
橡の 一重衣の
橡の一重衣に裏がないように、無心でいるだろう子のために恋い続ける。ほどいた衣のように思い乱れて恋うても、なぜかと問う人もない。桃染めの浅い色の衣のように浅く思って妹に逢うものか。大君の塩焼く海人の藤衣のように着馴れても、ますます心ひかれる。衣に寄せた歌四首。
場面イラスト(準備中)
題詞(物に寄せて思を陳ぶ)
- 1橡橡つるばみののの橡之2968
- 2一一ひと重重へ衣衣ごろもののの一重衣
- 3うらうらうらもももなくなくなく裏毛無
- 4あるあるあるらむらむらん兒兒こゆゑゆゑゆえ將有兒故
- 5戀戀こひひい渡渡わたるるるかもかもかも戀渡可聞
- 6解解とき衣衣ぎぬののの解衣之2969
- 7おもひおもひおもい亂亂みだれれれててて念亂而
- 8戀戀こふれふれうれどもどもども雖戀
- 9何何なにののの故故ゆえぞぞぞととと何之故其跡
- 10問問とふふう人人ひともももなしなしなし問人毛無
- 11桃花桃花もも褐褐ぞめののの桃花褐2970
- 12淺淺あさらららののの衣衣ころも淺等乃衣
- 13淺淺あさらからからかににに淺爾
- 14思思おもひひいててて妹妹いもににに念而妹爾
- 15逢逢あははわむむんものものものかもかもかも將相物香裳
- 16大王大王おおきみののの大王之2971
- 17鹽鹽しお燒燒やくくく海人海人あまののの鹽燒海部乃
- 18藤藤ふじ衣衣ごろも藤衣
- 19穢穢なるるるとととはははすれすれすれどどど穢者雖爲
- 20いやいやいやめづらしめづらしめずらしももも彌希將見毛
現代語訳
〔2968〕橡染めの一重衣に裏がないように、心に隔てもなく無心でいるであろうあの子のために、恋い続けることだ。
〔2969〕(解衣の)思い乱れて恋い慕っているけれど、どうしてなのかと問うてくれる人もいない。
〔2970〕桃染めの浅い色の衣のように、浅い気持ちで、いとしい人に逢おうとするものか。
〔2971〕大君の塩を焼く海人の藤衣が着馴れて古びるように、馴れ親しんではいるけれど、いよいよ心ひかれることだ。
意訳
衣に寄せた歌の続きである。裏のない一重衣のように無心な娘を恋い続ける歌、ほどいた衣のように思い乱れても誰も気にかけてくれない嘆き、浅い色の衣のような浅い気持ちで恋人に逢うのではないという誓い、着古した藤衣のように馴れ親しんでもますます恋人がいとしいという歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- うらもなく
- 裏もなく。心に隔てもなく、無心に。
- 解衣の
- 「思ひ亂れ」にかかる枕詞。
- 桃花褐
- 「ももぞめ」。桃色に染めること。
- 藤衣
- 「ふぢごろも」。藤の繊維で織った粗末な衣。
- 穢る
- 「なる」。着馴れる、馴れ親しむ。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十二・相聞・2968〜2971番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 寄物陳思(衣に寄せる)。作者未詳。
修辞
- 序詞
- 2968番の上二句が「うら」を、2970番の上二句が「淺らか」を、2971番の上三句が「穢る」を導く。
- 掛詞
- 2968番の「うら」は衣の「裏」と「心」を掛ける。
解説
2971番は、2622番(志賀の白水郎の鹽燒衣)と同じく、塩焼きの海人の衣に寄せて馴れ親しんだ恋人を詠む類歌である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、474頁(コマ30)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、546頁(コマ37)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日