万葉集 巻第十二 2964〜2967番
斯くのみし 在りける君を
こんなに冷たい君だったのに、衣ならば下に着ようと思っていた。橡の袷の衣を裏にしたら、無理にと強いようか、君が来ないので。紅の薄染めの衣のように浅く逢った人を恋うこの頃。年が経ったら見て思い出してと妹が言った衣の縫い目を見ると悲しい。衣に寄せた歌四首。作者未詳の寄物陳思の歌の始まり。
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題詞物に寄せて思を陳ぶ
- 1斯斯かくくくのみのみのみししし如是耳2964
- 2在在ありりりけるけるける君君きみををを在家流君乎
- 3衣衣きぬならならならばばば衣爾有者
- 4下下したにににももも著著きむむむととと下毛將著跡
- 5吾吾わががが念念おもへへえりりりけるけるける吾念有家留
- 6橡橡つるばみののの橡之2965
- 7袷袷あわせののの衣衣ころも袷衣
- 8裏裏うらにににせせせばばば裏爾爲者
- 9吾吾われ強強しひひいめめめやややももも吾將強八方
- 10君君きみががが來來きまままさささぬぬぬ君之不來座
- 11くれなゐくれなゐくれないののの紅2966
- 12薄薄うす染染ぞめ衣衣ごろも薄染衣
- 13淺淺あさらからからかににに淺爾
- 14相相あい見見みししし人人ひとににに相見之人爾
- 15戀戀こふるふるうる頃頃ころかもかもかも戀比日可聞
- 16年年としののの經經へばばば年之經者2967
- 17見見みつつつつつつ偲偲しぬべべべととと見管偲登
- 18妹妹いもががが言言いひひいししし妹之言思
- 19衣衣ころもののの縫縫ぬい目目め衣乃縫目
- 20見見みれれればばば哀哀かなしししももも見者哀裳
現代語訳
〔2964〕こんなにも冷たい人であったあなたなのに、衣であったなら下にでも着ようと、私は思っていたことだ。
〔2965〕橡染めの袷の衣を裏返しにして着たら、私が無理に強いたりしようか。あなたがおいでにならないので。
〔2966〕紅の薄染めの衣のように、浅く逢っただけの人に、恋い焦がれるこの頃であることよ。
〔2967〕年が経ったら、これを見て偲んでくださいと、いとしい人が言った衣の縫い目を見ると、悲しいことだ。
意訳
ここから作者未詳の寄物陳思の歌になり、まず衣に寄せた歌が並ぶ。冷たい人とも知らず衣のように身近に置こうと思っていた悔い、袷の衣を裏返すまじないで恋人を呼ぼうとする歌、薄染めの衣のように浅い縁の人に恋い焦がれる歌、形見の衣の縫い目を見て妻を偲ぶ歌である。
語釈・文法注
文法・本文
- 斯くのみし
- これほど冷たく。
- 橡
- 「つるばみ」。くぬぎの実で染めた黒っぽい色。
- 袷
- 「あはせ」。裏地のある衣。
- 淺らかに
- 浅く、かりそめに。
- 偲べ
- 「しぬべ」。思い出してください。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十二・相聞・2964〜2967番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 寄物陳思(衣に寄せる)。作者未詳。
修辞
- 序詞
- 2966番の上二句が「淺らか」を導く。
解説
2967番は、妻が「年が経ったらこれを見て私を偲んで」と縫ってくれた衣を見て悲しむ歌で、旅や別れの際の形見の衣の習いを伝える。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、474頁(コマ30)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、546頁(コマ37)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日