万葉集 巻第十二 2956〜2961番
あらたまの 年月かねて
長い年月をかけて、夢に見えた君の姿は。これからは恋しても妹に逢えまい、床のそばを離れずに夢に見えてほしい。人がとがめない夢にさえ絶えず見えてほしい、私の恋が静まるように。現実には便りも絶えた、せめて夢に続けて見えてほしい、じかに逢うまで。正気の心も私にはない、妹に逢わずに年が過ぎたので。世の常の言葉とは思うが、続けて聞けば心が惑う。正述心緒の歌六首。
場面イラスト(準備中)
題詞(正に心緒を述ぶ)
- 1あらたまあらたまあらたまののの未玉之2956
- 2年年とし月月つきかねかねかねててて年月兼而
- 3ぬばたまぬばたまぬばたまののの烏玉乃
- 4夢夢いめにににぞぞぞ見見みえええししし夢爾所見
- 5君君きみががが容儀容儀すがたははは君之容儀者
- 6今今いまよりよりよりははは從今者2957
- 7戀戀こふふうともともとも妹妹いもににに雖戀妹爾
- 8逢逢あははわめめめやややももも將相哉母
- 9床床とこののの邊邊べ離離さからららずずず床邊不離
- 10夢夢いめににに見見みえええこそこそこそ夢所見乞
- 11人人ひとののの見見みててて人見而2958
- 12言言こととがめとがめとがめせせせぬぬぬ言害目不爲
- 13夢夢いめにににだにだにだに夢谷
- 14止止やまままずずず見見みえええこそこそこそ不止見與
- 15我我わががが戀戀こい息息やまままむむん我戀將息
- 16現現うつつにににははは現者2959
- 17言言こと絕絕たえええにににたりたりたり言絕有
- 18夢夢いめにににだにだにだに夢谷
- 19續續つぎぎぎててて見見みえええこそこそこそ嗣而所見與
- 20直直ただににに逢逢あふふうまでまでまでににに直相左右二
- 21現身現身うつせみののの虛蟬之2960
- 22現現うつししし情情こころももも宇都思情毛
- 23吾吾われははは無無なししし吾者無
- 24妹妹いもををを相相あい見見みずずずててて妹乎不相見而
- 25年年としののの經經へぬれぬれぬればばば年之經去者
- 26現身現身うつせみののの虛蟬之2961
- 27常常つねののの辭辭ことばととと常辭登
- 28おもへおもへおもえどもどもども雖念
- 29繼繼つぎぎぎてててししし聞聞きけけけばばば繼而之聞者
- 30心心こころ惑惑まどひひいぬぬぬ心遮焉
現代語訳
〔2956〕(あらたまの)年月をかけて、(ぬばたまの)夢に見えたことだ。あなたの姿は。
〔2957〕これからは恋しく思っても、いとしい人に逢えるだろうか。せめて床のそばを離れずに、夢に見えておくれ。
〔2958〕人が見てとがめることのない夢の中にだけでも、絶えず見えておくれ。私の恋も静まるだろう。
〔2959〕現実には便りも絶えてしまった。せめて夢の中にだけでも、続けて見えておくれ。じかに逢うまでは。
〔2960〕(現身の)正気の心も、私にはない。いとしい人に逢わないまま、年が過ぎてしまったので。
〔2961〕(現身の)世間でよく言う言葉だと思うけれど、続けて聞かされると、心が惑ってしまう。
意訳
正述心緒の歌の続きである。年月を経て夢に見えた恋人の姿、もう逢えないなら床のそばを離れず夢に見えてほしいという願い、とがめられない夢の中だけでも絶えず見えれば恋も静まるという歌、便りの絶えた恋人に夢で逢いたい歌、逢えずに年が過ぎて正気も失った歌、ありふれた口説き文句と思っても続けて聞けば心が揺れる女の歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 年月かねて
- 年月をかけて。
- 床の邊離らず
- 「とこのべさからず」。床のそばを離れずに。
- 言とがめ
- 言葉でとがめること。
- 言絶えにたり
- 便りも絶えてしまった。
- 現し情
- 「うつしごころ」。正気の心。
- 常の辭
- 世間でよく言うありふれた言葉。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十二・相聞・2956〜2961番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 正述心緒。作者未詳。
修辞
- 枕詞
- 「あらたまの」「ぬばたまの」「現身の」を用いる。
- 対照
- 2959番は「現」と「夢」を対比する。
解説
2961番は、ありふれた口説き文句だとわかっていても、くり返し言われると心が動いてしまう女心を詠んでいる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、473頁(コマ29)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、544頁(コマ36)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日