万葉集 巻第十二 2945〜2949番
玉梓の 君が使を
君の使いを待った夜の名残で、今も眠れない夜が多い。道で行き合ってよそ目に見ただけの美しい子を、いつまで待とう。思いあまってどうしようもなく、人に言ってしまった、慎むべきだったのに。明日はその門を通ろう、出て見よ、恋にやつれた姿がはっきりわかるだろう。ひどく心が晴れない、うまく取り計らえ背子、逢っている時だけでも。正述心緒の歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(正に心緒を述ぶ)
- 1玉玉たま梓梓ずさののの玉梓之2945
- 2君君きみががが使使つかいををを君之使乎
- 3待待まちちちししし夜夜よののの待之夜乃
- 4名殘名殘なごりぞぞぞ今今いまももも名凝其今毛
- 5宿宿いねねねぬぬぬ夜夜よののの多多おおききき不宿夜乃大寸
- 6玉玉たま桙桙ほこののの玉桙之2946
- 7道道みちににに行行ゆききき合合あひひいててて道爾行相而
- 8外外よそ目目めにににももも外目耳毛
- 9見見みれれればばばよきよきよき兒兒こををを見者吉子乎
- 10何時何時いつとととかかか待待またたたむむん何時鹿將待
- 11思思おもふふうにににししし念西2947
- 12餘餘あまりりりにににしかしかしかばばば餘西鹿齒
- 13術術すべををを無無なみみみ爲便乎無美
- 14吾吾われははは言言いひひいてててききき吾者五十日手寸
- 15忌忌いむむむべきべきべきものものものををを應忌鬼尾
- 16明日明日あすののの日日ひははは明日者2948
- 17其其そののの門門かど行行ゆかかかむむん其門將去
- 18出出いでででててて見見みよよよ出而見與
- 19戀戀こひひいたるたるたる容儀容儀すがた戀有容儀
- 20數多數多あまた著著しるけけけむむん數知兼
- 21うたてうたてうたて殊殊けににに得田價異2949
- 22心心こころ鬱悒鬱悒おほほししし心欝悒
- 23事事こと計計はかり事計
- 24よくよくよくせせせ吾吾わが背背せ子子こ吉爲吾兄子
- 25逢逢あへへえるるる時時ときだにだにだに相有時谷
現代語訳
〔2945〕(玉梓の)あなたの使いを待った夜の名残で、今も眠れない夜が多いことだ。
〔2946〕(玉桙の)道で行き合って、よそ目に見ただけでも美しい子を、いつまで待てばよいのだろう。
〔2947〕思いがあまってしまったので、どうしようもなくて、私は人に言ってしまった。慎むべきことだったのに。
〔2948〕明日はあなたの家の門の前を通ろう。出て見てください。恋にやつれた姿が、はっきりとわかるだろう。
〔2949〕ひどく、いよいよ心が晴れない。うまく取り計らってください、あなた。逢っている時だけでも。
意訳
正述心緒の歌の続きである。使いを待った夜の名残で今も眠れない歌、道で見かけた美しい娘をいつまで待てばよいかという歌、思いあまって恋を人に語ってしまった後悔、明日は門の前を通るから恋にやつれた姿を見てほしいという男の歌、逢っている時だけでもうまく取り計らってほしいという女の歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 名殘
- 「なごり」。余波、名残。白文は「名凝」と書く。
- 外目
- 「よそめ」。よそながら見ること。
- 言ひてき
- 言ってしまった。白文は「五十日手寸」と書く戯書。
- 著けむ
- 「しるけむ」。はっきりわかるだろう。
- 鬱悒し
- 「おほほし」。心が晴れない。
- 事計
- 「ことはかり」。取り計らい。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十二・相聞・2945〜2949番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 正述心緒。作者未詳。
修辞
- 枕詞
- 2945番の「玉梓の」、2946番の「玉桙の」。
- 戯書
- 2947番の「五十日手寸」(いひてき)。
解説
2948番は、恋にやつれた自分の姿を見せつけて相手の心を動かそうとする、大胆な男の歌である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、472頁(コマ29)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、544頁(コマ36)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日