万葉集 巻第十二 2940〜2944番
なまなかに 死なば安けむ
なまじ生きているより死ねば楽だろう、日の出入りもわからず思い悩む私は苦しい。思いを晴らす手立ても今はない、妹に逢えずに年が過ぎていくので。背子を恋しているらしい、幼子のように夜泣きして眠れないのは。命を長くと願うのは、偽りばかり言う人を捕まえてやりたいからだ。噂がうるさいので妹に逢わず、心の中で恋うこの頃。正述心緒の歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(正に心緒を述ぶ)
- 1なまなかなまなかなまなかににに中中二2940
- 2死死しなななばばば安安やすけけけむむん死者安六
- 3出出いづるづるずる日日ひののの出日之
- 4入入いるるる別別わき知知しらららぬぬぬ入別不知
- 5吾吾われししし苦苦くるしししももも吾四久流四方
- 6念念おもひひい遣遣やるるる念八流2941
- 7たどきたどきたどきももも我我われははは跡狀毛我者
- 8今今いまははは無無なししし今者無
- 9妹妹いもににに逢逢あははわずずずててて妹二不相而
- 10年年としののの經經へ行行ゆけけけばばば年之經行者
- 11吾吾わが背背せ子子こににに吾兄子爾2942
- 12戀戀こふふうとととにににしししあらしあらしあらし戀跡二四有四
- 13小小みどり兒兒こののの小兒之
- 14夜夜よ哭哭なきをををしししつつつつつつ夜哭乎爲乍
- 15宿宿いねねねがてがてがてなくなくなくははは宿不勝苦者
- 16我我わが命命いのちししし我命之2943
- 17長長ながくくく欲欲ほしけくしけくしけく長欲家口
- 18僞僞いつわりををを僞乎
- 19好好よくくくするするする人人ひとををを好爲人乎
- 20執執とふふうばかりばかりばかりををを執許乎
- 21人人ひと言言ごとををを人言2944
- 22繁繁しげみみみととと妹妹いもににに繁跡妹
- 23逢逢あははわずずずしししててて不相
- 24情情こころののの裏裏うちににに情裏
- 25戀戀こふるふるうる此此こののの頃頃ごろ戀比日
現代語訳
〔2940〕なまじ生きているよりは、死んでしまえば楽だろう。出る日が沈むのもわからずに思い悩む私は、苦しいことだ。
〔2941〕思いを晴らす手立ても、私には今はない。いとしい人に逢わないまま、年が過ぎていくので。
〔2942〕あの人に恋しているかららしい。幼子のように夜泣きをし続けて、眠れずにいるのは。
〔2943〕私が命を長くあってほしいと願うのは、偽りをうまく言う人を捕まえてやるためなのだ。
〔2944〕人の噂がうるさいので、いとしい人に逢わずにいて、心の中で恋い慕っているこの頃だ。
意訳
正述心緒の歌の続きである。思い悩むよりは死んだ方が楽だという嘆き、逢えずに年が過ぎて心を晴らすすべもない歌、幼子のように夜泣きして眠れない女の歌、偽りばかり言う恋人をとっちめるために長生きしたいという恨みの歌、噂を恐れて心の中だけで恋う歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- なまなかに
- なまじ、かえって。
- 入る別
- 日が沈む区別。
- 小兒
- 「みどりこ」。乳飲み子。
- 宿ねがてなく
- 眠れずにいる。
- 執ふばかりを
- 捕まえるためなのだ。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十二・相聞・2940〜2944番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 正述心緒。作者未詳。
修辞
- 比喩
- 2942番は夜泣きする幼子に自分をたとえる。
解説
2943番は、偽りの多い恋人を捕まえてやりたいから長生きしたいという、恨みを機知に転じた歌である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、472頁(コマ29)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、544頁(コマ36)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日