万葉集 巻第十二 2936〜2939番
今は吾は 死なむよ我背
今はもう私は死んでしまうよ背子、恋していると一夜一日も安らかでない。袖を折り返して寝て恋うたからか、妹の姿が夢に見えた。人の噂がうるさくわずらわしいので、背子を目には見るが逢う手立てがない。恋というと軽いことのようだが、私は忘れまい、恋に死んでも。正述心緒の歌四首。
場面イラスト(準備中)
題詞(正に心緒を述ぶ)
- 1今今いまははは吾吾あははは今者吾者2936
- 2死死しなななむむんよよよ我我わが背背せ指南與我兄
- 3戀戀こいすれすれすればばば戀爲者
- 4一一ひと夜夜よ一一ひと日日ひももも一夜一日毛
- 5安安やすけくけくけくもももなしなしなし安毛無
- 6白白しろ細細たえ布布の白細布之2937
- 7袖袖そで折折おりりり反反かへししし袖折反
- 8戀戀こふれふれうればばばかかか戀者香
- 9妹妹いもががが容儀容儀すがたののの妹之容儀乃
- 10夢夢いめにににししし見見みゆるゆるゆる夢二四三湯流
- 11人人ひと言言ごとををを人言乎2938
- 12繁繁しげみみみ毛人髮毛人髮こちたみみみ繁三毛人髮三
- 13我我わが兄兄せ子子こををを我兄子乎
- 14目目めにににははは見見みれれれどもどもども目者雖見
- 15逢逢あふふうよしよしよしもももなしなしなし相因毛無
- 16戀戀こいととといへいへいえばばば戀云者2939
- 17薄薄うすききき事事ことなりなりなり薄事有
- 18然然しかれれれどもどもども雖然
- 19我我われははは忘忘わすれれれじじじ我者不忘
- 20戀戀こひひいははは死死しぬぬぬともともとも戀者死十方
現代語訳
〔2936〕今はもう、私は死んでしまうよ、あなた。恋をしていると、一夜一日も心安らかなことがない。
〔2937〕白妙の袖を折り返して寝て恋い慕っているからか、いとしい人の姿が夢に見えることだ。
〔2938〕人の噂がうるさく、わずらわしいので、あなたを目では見ても、逢う手立てもない。
〔2939〕恋といえば、軽々しいことのようだ。けれども、私は忘れまい。恋に死んでしまっても。
意訳
正述心緒の歌の続きである。恋のために一日も安らかでなく死にそうだという女の歌、袖を折り返して寝たおかげで恋人の姿を夢に見た歌、噂がうるさくて目で見るだけで逢えない嘆き、恋とは軽いもののように言われるが、死んでも忘れまいという誓いが並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 死なむよ
- 死んでしまうよ。白文は「指南與」と書く。
- 袖折り反し
- 袖を折り返して寝ると、恋人を夢に見るという俗信。
- 毛人髮み
- 「こちたみ」。わずらわしいので。白文の「毛人髮」は戯書。
- 薄き事
- 軽々しいこと。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十二・相聞・2936〜2939番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 正述心緒。作者未詳。
修辞
- 戯書
- 2938番の「毛人髮」(こちた)は、毛深い蝦夷の髪の意から「こちたし」(多い)に当てたとされる。
- 俗信
- 2937番の袖を折り返して寝ること。
解説
2939番は、恋は軽いことと言われても自分は死んでも忘れないと、世間の見方に逆らって恋の重さを訴えている。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、472頁(コマ29)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、543頁(コマ35)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日