万葉集 巻第十二 2916〜2921番
玉勝間 逢はむといふは
逢おうと言ったのは誰なのか、逢っている時さえ顔を隠しているのに。現実に妹が来たのか、夢なのか、恋が激しくて私が惑っているのか。いい加減に恋などするものか、言い立てずに妹と寝る年が近づいた。二人で結んだ紐を一人では解くまい、じかに逢うまでは。死ぬ命のことは思わない、ただ妹に逢えないことを思う。少女は同じ心で、しばらくも止む時なく逢いたいと思う。正述心緒の歌六首。
場面イラスト(準備中)
題詞(正に心緒を述ぶ)
- 1玉玉たま勝勝かつ間間ま玉勝間2916
- 2逢逢あははわむむんととといふいふいうははは相登云者
- 3誰誰たれなるなるなるかかか誰有香
- 4逢逢あへへえるるる時時ときさへさへさへ相有時左倍
- 5面面おも隱隱がくしししするするする面隱爲
- 6現現うつつにににかかか寤香2917
- 7妹妹いもががが來來きままませせせるるる妹之來座有
- 8夢夢いめにににかもかもかも夢可毛
- 9吾吾われかかか惑惑まどへへえるるる吾香惑流
- 10戀戀こいののの繁繁しげきききににに戀之繁爾
- 11大大おお方方かたははは大方者2918
- 12何何なにかもかもかも戀戀こひひいむむん何鴨將戀
- 13言言こと擧擧あげせせせずずず言擧不爲
- 14妹妹いもににに依依よりりり宿宿ねむむむ妹爾依宿牟
- 15年年としははは近近ちかづくづくづく年者近浸
- 16二二ふた人人りしししててて二爲而2919
- 17結結むすびびびししし紐紐ひもををを結之紐乎
- 18一一ひと人人りしししててて一爲而
- 19吾吾われははは解解とききき見見みじじじ吾者解不見
- 20直直ただににに逢逢あふふうまでまでまでははは直相及者
- 21死死しなななむむん命命いのち終命2920
- 22此此ここははは念念おもははわずずず此者不念
- 23ただただただにににしもしもしも唯毛
- 24妹妹いもににに逢逢あははわざるざるざる妹爾不相
- 25事事ことをををしししぞぞぞ念念おもふふう言乎之曾念
- 26幼婦幼婦おとめごははは幼婦者2921
- 27同同おなじじじ情情こころににに同情
- 28須臾須臾しましくももも須臾
- 29止止やむむむ時時ときもももなくなくなく止時毛無久
- 30見見みなむなむなむとととぞぞぞ念念おもふふう將見等曾念
現代語訳
〔2916〕(玉勝間)逢おうと言ったのは誰なのか。逢っている時でさえ、顔を隠しているのに。
〔2917〕現実にいとしい人が来てくれたのか、それとも夢なのか。私が惑っているのだろうか。恋の思いが激しいので。
〔2918〕いい加減な気持ちで、どうして恋などしようか。言い立てもせず、いとしい人と寄り添って寝る年が近づいてくる。
〔2919〕二人で結んだ紐を、一人で私は解いてみたりはしない。じかに逢うまでは。
〔2920〕死ぬ命のことは思わない。ただ、いとしい人に逢えないことを思うのだ。
〔2921〕少女は、同じ心で、しばらくの間も止む時なく、逢っていたいと思うことだ。
意訳
正述心緒の歌の続きである。自分から逢おうと言ったのに逢っても顔を隠す恋人をからかう歌、恋人の訪れが現実か夢かわからなくなる歌、結婚の時が近づいた喜び、二人で結んだ紐を逢うまで解かないという誓い、命より恋人に逢えないことを思う歌、少女が同じ心で絶えず逢っていたいと願う歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 玉勝間
- 「逢ふ」にかかる枕詞。
- 面隱し
- 恥ずかしがって顔を隠すこと。
- 言擧せず
- 口に出して言い立てずに。
- 依り宿む
- 寄り添って寝る。
- 須臾
- 「しましく」。しばらく。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十二・相聞・2916〜2921番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 正述心緒。作者未詳。
修辞
- 対句
- 2919番の「二人して」と「一人して」。
- 枕詞
- 2916番の「玉勝間」。
解説
2919番は、二人で結んだ下紐を逢うまでは解かないという、男女の誓いの習俗を伝える歌である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、470頁(コマ28)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、542頁(コマ35)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日