万葉集 巻第十二 2912〜2915番
人の見て 言咎めせぬ
人が見てとがめない夢の中に今夜行くから、戸を閉めないでくれ決して。いつまで生きる命なのか、なまじ恋い続けるよりは死ぬ方がましだ。いとしい妹を夢に見て、起きて手探りするといないのがさびしい。妹と呼ぶのは失礼で恐れ多いが、やはり口に出したい言葉だ。正述心緒の歌四首。
場面イラスト(準備中)
題詞(正に心緒を述ぶ)
- 1人人ひとののの見見みててて人見而2912
- 2言言こと咎咎どがめめめせせせぬぬぬ事害目不爲
- 3夢夢いめににに吾吾われ夢爾吾
- 4今今こ夜夜よい至至いたらららむむん今夜將至
- 5屋戸屋戸やど閉閉さすすすななな勤勤ゆめ屋戶閉勿勤
- 6いついついつまでまでまでににに何時左右二2913
- 7生生いかかかむむん命命いのちぞぞぞ將生命曾
- 8凡凡おおよそははは凡者
- 9戀戀こひひいつつつつつつあらあらあらずずずははは戀乍不有者
- 10死死しなななむむん勝勝まされれれりりり死上有
- 11愛愛うつくしししととと愛等2914
- 12念念おもふふう吾吾わぎ妹妹もををを念吾妹乎
- 13夢夢いめににに見見みててて夢見而
- 14起起おきききててて探探さぐるるるににに起而探爾
- 15無無なきききがががさぶしさぶしさぶしさささ無之不怜
- 16妹妹いもととと言言いふふうははは妹登曰者2915
- 17無禮無禮なめししし恐恐かしこししし無禮恐
- 18しかすがしかすがしかすがににに然爲蟹
- 19懸懸かけけけまくまくまく欲欲ほしきしきしき懸卷欲
- 20言言ことにににあるあるあるかもかもかも言爾有鴨
現代語訳
〔2912〕人が見てとがめることのない夢の中に、私は今夜行こう。戸を閉めないでおくれ、決して。
〔2913〕いつまで生きる命なのか。なまじ恋い続けているよりは、死んでしまう方がまさっている。
〔2914〕いとしいと思ういとしい人を夢に見て、起きて手探りしても、いないのがさびしいことだ。
〔2915〕妹と呼ぶのは無礼で恐れ多い。けれどもやはり、口に出して言いたい言葉であることだ。
意訳
正述心緒の歌の続きである。人にとがめられない夢の中で今夜逢いに行くから戸を閉めないでほしいという機知の歌、恋い続けるより死んだ方がましだという歌、夢に見た恋人を起きて手探りしてもいないさびしさ、身分の高い女性を「妹」と呼ぶのは恐れ多いが、やはり呼びたいという歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 言咎め
- 「ことどがめ」。とがめ立て。
- 屋戸閉すな
- 戸を閉めるな。
- 勤
- 「ゆめ」。決して。
- 凡は
- 「おほよそは」。なまじ。
- さぶしさ
- さびしさ。
- 無禮し
- 「なめし」。無礼である。
- しかすがに
- そうはいうものの。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十二・相聞・2912〜2915番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 正述心緒。作者未詳。
修辞
- 機知
- 2912番は、夢の中に行くのに戸を閉めるなという。
解説
2914番の、夢に見た恋人を目覚めて手探りする姿は、遊仙窟の影響を受けた家持の歌(741番)にも通じる発想である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、470頁(コマ28)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、541頁(コマ34)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日