万葉集 巻第十二 2908〜2911番
常斯くし 戀ふれば苦し
いつもこう恋していると苦しい、しばらくでも心を休める手立てをしてくれ。いい加減に思っているなら、人妻だという妹を恋い続けるものか。心では千重にも百重にも思うが、人目が多いので妹に逢えない。人目が多いので目では忍ぶが、心の中では少しも思わないことはない。正述心緒の歌四首。
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題詞(正に心緒を述ぶ)
- 1常常つね斯斯かくくくししし常如是2908
- 2戀戀こふれふれうればばば苦苦くるししし戀者辛苦
- 3暫暫しましくくくももも暫毛
- 4心心こころやすめやすめやすめむむん心安目六
- 5事事こと計計はかりせせせよよよ事計爲與
- 6凡凡おおろかろかろかににに凡爾2909
- 7吾吾われししし念念もはははばばば吾之念者
- 8人人ひと妻妻づまににに人妻爾
- 9ありありありとととふふふ妹妹いもににに有云妹爾
- 10戀戀こひひいつつつつつつあらあらあらめめめややや戀管有米也
- 11心心こころにににははは心者2910
- 12千千ち重重へににに百百もも重重へににに千重百重
- 13思思おもへへえれれれどどど思有杼
- 14人人ひと目目めををを多多おおみみみ人目乎多見
- 15妹妹いもににに逢逢あははわぬぬぬかもかもかも妹爾不相可母
- 16人人ひと目目め多多おおみみみ人目多見2911
- 17眼眼めこそこそこそ忍忍しのぶれぶれぶれ眼社忍禮
- 18すくなくすくなくすくなくももも小毛
- 19心心こころのののうちうちうちににに心中爾
- 20吾吾わががが念念もはははなくなくなくににに吾念莫國
現代語訳
〔2908〕いつもこうして恋い慕っていると苦しい。しばらくでも心を休める手立てをしてくれ。
〔2909〕いい加減に私が思っているのなら、人妻だというあの人に、こうして恋い続けていようか。
〔2910〕心の中では千重にも百重にも思っているけれど、人目が多いので、いとしい人に逢えないことだ。
〔2911〕人目が多いので目では忍んでいるが、少しも心の中で思っていないわけではないのに。
意訳
正述心緒の歌の続きである。いつも恋していて苦しいので心を休める方法がほしいという歌、人妻と知りながら恋い続けるのは本気だからだという歌、千重百重に思っても人目が多くて逢えない嘆き、人目のために目では素知らぬふりをしても心では深く思っているという歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 暫くも
- 「しましくも」。しばらくでも。
- 事計
- 「ことはかり」。手立て。
- 凡ろかに
- 「おほろかに」。いい加減に。
- 千重に百重に
- 幾重にも。
- 眼こそ忍ぶれ
- 目では忍んでいるが。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十二・相聞・2908〜2911番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 正述心緒。作者未詳。
修辞
- 対照
- 2911番は「眼」と「心のうち」を対比する。
解説
2909番は人妻への恋を詠んだ歌で、本気であるからこそ禁じられた恋を続けるのだと訴えている。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、470頁(コマ28)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、541頁(コマ34)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日