万葉集 巻第十二 2904〜2907番
戀ひ戀ひて 後も逢はむと
恋い恋いて後にでも逢おうと慰める心がなかったら、生きていられようか。いくらも生きられない命なのに、恋い続けてため息をつく、人に知られずに。よその国に妻問いに行き、太刀の緒もまだ解かないうちに夜が明けてしまった。丈夫のしっかりした心も今はない、恋の奴に私は殺されそうだ。正述心緒の歌四首。
場面イラスト(準備中)
題詞(正に心緒を述ぶ)
- 1戀戀こひひい戀戀こひひいててて戀戀而2904
- 2後後のちももも逢逢あははわむむんととと後裳將相常
- 3慰慰なぐさもるもるもる名草漏
- 4心心こころしししなくなくなくばばば心四無者
- 5生生いきききてててあらあらあらめめめやややももも五十寸手有目八面
- 6幾幾いくばくくくももも幾2905
- 7生生いけけけらららじじじ命命いのちををを不生有命乎
- 8戀戀こひひいつつつつつつぞぞぞ戀管曾
- 9吾吾われははは氣氣いき衝衝づくくく吾者氣衝
- 10人人ひとににに知知しらえらえらえずずず人爾不所知
- 11他他ひと國國くにににに他國爾2906
- 12結婚結婚よばいににに行行ゆきききててて結婚爾行而
- 13太刀太刀たちががが緒緒をももも太刀之緒毛
- 14いまだいまだいまだ解解とかかかねねねばばば未解者
- 15さささ夜夜よぞぞぞ明明あけけけにににけるけるける左夜曾明家流
- 16丈夫丈夫ますらおののの大夫之2907
- 17聰聰さとききき心心こころももも聰神毛
- 18今今いまははは無無なししし今者無
- 19戀戀こいののの奴奴やつこににに戀之奴爾
- 20吾吾われははは死死しぬぬぬべしべしべし吾者可死
現代語訳
〔2904〕恋いに恋いて、後にでも逢おうと心を慰める気持ちがなかったら、生きていられようか。
〔2905〕いくらも生きられない命なのに、恋い続けて、私はため息をついている。人に知られないで。
〔2906〕よその国に妻問いに行って、太刀の緒もまだ解かないうちに、夜が明けてしまったことだ。
〔2907〕立派な男子の賢い心も、今はもうない。恋という奴のために、私は死んでしまいそうだ。
意訳
正述心緒の歌の続きである。後に逢えると思って心を慰めなければ生きていられないという歌、短い命を恋に費やしてため息をつく歌、遠い国に妻問いに行ったが太刀の緒を解く間もなく夜が明けてしまったという男の歌、丈夫の心も恋という奴にはかなわないという歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 慰もる
- 「なぐさもる」。慰める。
- 氣衝く
- 「いきづく」。ため息をつく。
- 結婚
- 「よばひ」。妻問い、求婚。
- 聰き心
- 「さときこころ」。しっかりした賢い心。
- 戀の奴
- 恋を「奴」とののしった語。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十二・相聞・2904〜2907番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 正述心緒。作者未詳。
修辞
- 反復
- 2904番の「戀ひ戀ひて」。
- 擬人法
- 2907番は恋を「奴」と呼ぶ。
解説
2906番は、遠い国へ妻問いに出かけ、太刀を解いてくつろぐ間もなく夜が明けてしまった男の嘆きを、ユーモラスに描いている。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、468頁(コマ27)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、541頁(コマ34)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日