万葉集 巻第十二 2896〜2899番
うたがたも 言ひつつもあるか
きっと言い続けているのだろうか、私なら地にも落ちず空に消えてしまいたい。いつの日にか、妹の裳裾を引く姿を朝夕に見られるだろう。独りで恋うと苦しい、心に掛けずに忘れる方法があればよい。なまじ黙っていればよかった、つまらなく逢い始めても恋しくなるのか。正述心緒の歌四首。
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題詞(正に心緒を述ぶ)
- 1うたがたうたがたうたがたももも歌方毛2896
- 2言言いひひいつつつつつつもももあるあるあるかかか曰管毛有鹿
- 3吾吾われならならならばばば吾有者
- 4地地つちにににははは落落おちちちじじじ地庭不落
- 5空空そらににに消消けなななましましまし空消生
- 6如何如何いかならならならむむん何2897
- 7日日ひののの時時ときにににかもかもかも日之時可毛
- 8吾吾わぎ妹妹も子子こががが吾妹子之
- 9裳裳も引引びきののの容儀容儀すがた裳引之容儀
- 10朝朝あさににに日日けににに見見みむむむ朝爾食爾將見
- 11獨獨ひとり居居いててて獨居而2898
- 12戀戀こふれふれうればばば苦苦くるししし戀者辛苦
- 13玉玉たま襷襷だすき玉手次
- 14かけかけかけずずず忘忘わすれれれむむん不懸將忘
- 15事事こと計計はかりもももががが言量欲
- 16なかなかなかなかなかなかににに中中2899
- 17默然默然もだもももあらあらあらましましましををを默然毛有申尾
- 18味氣味氣あじきなくなくなく小豆無
- 19相相あい見見み始始そめめめてててももも相見始而毛
- 20吾吾われははは戀戀こふるふるうるかかか吾者戀香
現代語訳
〔2896〕きっと、人は噂を言い続けているのだろうか。私だったら、地には落ちずに、空で消えてしまいたい。
〔2897〕いつの日の、いつの時にか、いとしい人の裳裾を引いて歩む姿を、朝も昼も見られるのだろう。
〔2898〕独りでいて恋い慕うと苦しい。(玉襷)心に掛けずに忘れてしまう手立てがあればよいのに。
〔2899〕なまじ、黙っていればよかったものを。つまらなく、逢い始めてからも、私はこんなに恋しく思うのか。
意訳
正述心緒の歌の続きである。噂の種になるくらいなら空で消えてしまいたいという歌、いつか恋人の美しい姿を毎日見られる日が来るだろうかという願い、独りの恋の苦しさから忘れるすべを求める歌、なまじ逢い始めたためにかえって恋しさがつのる後悔が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- うたがたも
- きっと、必ず。
- 消なまし
- 「けなまし」。消えてしまいたい。
- 裳引
- 「もびき」。裳の裾を引くこと。
- 事計
- 「ことはかり」。手立て、方法。
- 默然
- 「もだ」。黙っていること。
- 味氣なく
- 「あぢきなく」。つまらなく。白文は「小豆無」と書く戯書。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十二・相聞・2896〜2899番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 正述心緒。作者未詳。
修辞
- 枕詞
- 2898番の「玉襷」が「かけ」にかかる。
- 戯書
- 2899番の「小豆無」(あぢきなく)。
解説
2899番は、黙っていればよかった、逢い始めたことがかえって恋の苦しみを深めたという、恋の逆説を詠んでいる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、468頁(コマ27)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、540頁(コマ34)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日