古典ライブラリー

万葉集 巻第十二 2892〜2895番

思ひ遣る すべのたどきも

作者未詳

思いを晴らす手立てもない、逢えずに多くの月が過ぎたので。朝帰って夕方には来る君なのに、ひどく嘆いてしまった。噂を聞いてから物思いをして、胸は裂け砕けて正気もない。噂がうるさいので、妹のもとへ行った月以来まだ逢わない。正述心緒の歌四首。

噂を聞いて胸が張り裂けそうな思いの男が、独り物思いに沈んでいる

題詞(正に心緒を述ぶ)

  1. 1思おも思おもおもひひい遣や遣ややるるる思遣2892
  2. 2すべすべすべのののたどきたどきたどきももも爲便乃田時毛
  3. 3吾われ吾われわれはははなしなしなし吾者無
  4. 4逢あ逢ああははわなくなくなく數多まね數多まねまねくくく不相數多
  5. 5月つき月つきつきののの經へ經へへぬれぬれぬればばば月之經去者
  6. 6朝あした朝あしたあした去ゆ去ゆゆきききててて朝去而2893
  7. 7夕ゆふべ夕ゆふべゆうべははは來き來ききままますすす暮者來座
  8. 8君きみ君きみきみゆゑゆゑゆえににに君故爾
  9. 9ゆゆしくゆゆしくゆゆしくももも吾あ吾ああははは忌忌久毛吾者
  10. 10嘆なげ嘆なげなげきききつるつるつるかもかもかも歎鶴鴨
  11. 11聞き聞きききききしししよりよりより從聞2894
  12. 12物もの物ものものををを念おも念おもおもへへえばばば物乎念者
  13. 13我わ我わわががが胸むね胸むねむねははは我胸者
  14. 14破わ破わわれれれててて摧くだ摧くだくだけけけててて破而摧而
  15. 15利と利とと心ごころ心ごころごころもももなしなしなし鋒心無
  16. 16人ひと人ひとひと言ごと言ごとごとををを人言乎2895
  17. 17繁しげ繁しげしげみみみ言こち言こちこち痛た痛たたみみみ繁三言痛三
  18. 18我わぎ我わぎわぎ妹も妹もも子こ子ここににに我妹子二
  19. 19去い去いいにににししし月つき月つきつきよりよりより去月從
  20. 20いまだいまだいまだ逢あ逢ああははわぬぬぬかもかもかも未相可母

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

〔2892〕思いを晴らす手立ても、私にはない。逢えないまま、多くの月が過ぎてしまったので。

〔2893〕朝帰って行っても、夕方にはまたおいでになるあなたなのに、ひどく私は嘆いてしまったことだ。

〔2894〕噂を聞いてから物思いをしているので、私の胸は裂けて砕けて、正気もない。

〔2895〕人の噂がうるさく、わずらわしいので、いとしい人のもとへ行ったあの月から、まだ逢わないでいることだ。

意訳

正述心緒の歌の続きである。逢えずに月日が過ぎて心を晴らすすべもない歌、朝別れても夕方にはまた来る恋人なのに嘆いてしまう女の歌、噂を聞いてから胸が裂け砕けて正気もないという歌、噂を恐れて恋人のもとへ通えずにいる歌が並ぶ。

語釈・文法注

文法・本文

思ひ遣る
思いを晴らす。
ゆゆしくも
ひどく、はなはだしく。
利心
「とごころ」。しっかりした心、正気。白文は「鋒心」と書く。
言痛み
「こちたみ」。わずらわしいので。

和歌

作者
作者未詳
出典
『万葉集』巻第十二・相聞・2892〜2895番
歌体
短歌(五七五七七)
時期
作者未詳(時代を問わない)
状況
正述心緒。作者未詳。

修辞

誇張
2894番の「破れて摧けて」。

解説

2893番は、毎日のように逢っているのに、朝の別れのたびに嘆いてしまう、恋の盛りの心を詠んでいる。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、468頁(コマ27)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、540頁(コマ34)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日