古典ライブラリー

万葉集 巻第十二 2886〜2891番

他言は まこと言痛く

作者未詳

人の噂がうるさくなっても、それで妨げられる私ではない。立っても座っても手がかりもなく、心は宙に浮いている、土は踏んでいても。世間の人の言葉と思わないで、本当に恋したのだ、逢えない日が多いので。どうしてこれほど恋するのか、妹が逢うまいと言ったわけでもないのに。夜が長いからか、背子が夢に夢に見えては帰る。年月長くこう恋い続けたら、命は無事であろうか。正述心緒の歌六首。

心ここにあらず、土を踏みながら宙を歩くように男がさまよっている

題詞(正に心緒を述ぶ)

  1. 1他ひと他ひとひと言ごと言ごとごとははは他言者2886
  2. 2まことまことまこと言こち言こちこち痛た痛たたくくく眞言痛
  3. 3なりなりなりぬぬぬともともとも成友
  4. 4彼所そこ彼所そこそこににに障さは障さはさわらららむむん彼所將障
  5. 5吾われ吾われわれにににあらあらあらなくなくなくににに君爾不有國
  6. 6立た立たたちちちててて居ゐ居ゐいててて立居2887
  7. 7たどきたどきたどきももも知し知ししらららずずず田時毛不知
  8. 8吾わ吾わわががが意こころ意こころこころ吾意
  9. 9天あま天あまあまつつつ空そら空そらそらなりなりなり天津空有
  10. 10土つち土つちつちははは踐ふ踐ふふめめめどもどもども土者踐鞆
  11. 11世よ世よよのののなかなかなかののの世間之2888
  12. 12人ひと人ひとひとののの辭ことば辭ことばことばととと人辭常
  13. 13思おも思おもおもほすほすおすななな所念莫
  14. 14まことまことまことぞぞぞ戀こ戀ここひひいししし眞曾戀之
  15. 15逢あ逢ああははわぬぬぬ日ひ日ひひををを多おほ多おほおおみみみ不相日乎多美
  16. 16いでいでいで如何いか如何いかいかににに乞如何2889
  17. 17吾わ吾わわががが幾許ここだ幾許ここだここだ戀こ戀ここふるふるうる吾幾許戀流
  18. 18吾わぎ吾わぎわぎ妹も妹もも子こ子ここががが吾妹子之
  19. 19逢あ逢ああははわじじじととと言い言いいへへえるるる不相跡言流
  20. 20ことことこともももあらあらあらなくなくなくににに事毛有莫國
  21. 21ぬばたまぬばたまぬばたまののの夜干玉之2890
  22. 22夜よ夜よよををを長なが長ながながみみみかもかもかも夜乎長鴨
  23. 23吾わが吾わがわが背せ背せせ子こ子ここががが吾背子之
  24. 24夢いめ夢いめいめににに夢いめ夢いめいめにににししし夢爾夢西
  25. 25見み見みみえええ還かへ還かへかえるるるらむらむらん所見還良武
  26. 26あらたまあらたまあらたまののの荒玉之2891
  27. 27年とし年としとしののの緒を緒をを長なが長ながながくくく年緖長
  28. 28斯か斯かかくくく戀こ戀ここひひいばばば如此戀者
  29. 29まことまことまこと吾わ吾わわががが命いのち命いのちいのち信吾命
  30. 30全また全またまたからからからめめめやややももも全有目八目

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

〔2886〕人の噂は本当にうるさくなってしまっても、それで妨げられるような私ではないのに。

〔2887〕立っても座っても、どうしてよいかわからず、私の心は空に浮いている。土は踏んでいるけれど。

〔2888〕世間の人の口先だけの言葉とお思いになりますな。本当に恋しく思ったのだ。逢えない日が多いので。

〔2889〕ああ、どうして私はこれほど恋い慕うのか。いとしい人が、逢うまいと言ったことがあるわけでもないのに。

〔2890〕(ぬばたまの)夜が長いからだろうか、あの人が夢に夢に、見えては帰って行くのだろう。

〔2891〕(あらたまの)年月長く、こうして恋い続けたなら、本当に私の命は無事でいられようか。

意訳

正述心緒の歌の続きである。噂がうるさくなっても恋は妨げられないという強い心、心が宙に浮いて足が地につかない恋、口先だけの言葉ではない、本当に恋していると訴える歌、恋人が拒んだわけでもないのにどうしてこれほど恋しいのかという自問、長い夜に何度も夢に現れる恋人、このまま恋い続けたら命がもたないという嘆きが並ぶ。

語釈・文法注

文法・本文

言痛く
「こちたく」。うるさく。
彼所に障らむ
それに妨げられる。
天つ空なり
心が宙に浮いて落ち着かない。
いで
さあ、ああ。
夢に夢にし
夢に何度も。
全からめやも
「またからめやも」。無事でいられようか。

和歌

作者
作者未詳
出典
『万葉集』巻第十二・相聞・2886〜2891番
歌体
短歌(五七五七七)
時期
作者未詳(時代を問わない)
状況
正述心緒。作者未詳。

修辞

対照
2887番の「天つ空」と「土」。
反復
2890番の「夢に夢にし」。
枕詞
「ぬばたまの」「あらたまの」。

解説

2887番の「吾が意天つ空なり土は踐めども」は、上の空で足が地につかない恋心を、天と地の対比で鮮やかに表している。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、466頁(コマ26)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、539頁(コマ33)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日