万葉集 巻第十二 2881〜2885番
立ちて居て 術のたどきも
立っても座ってもどうしようもない、妹に逢わずに月が過ぎたので。逢わずに恋い続けても忘れるものか、日ごとに思いは増しても。よそ目にでも君の姿を見たら恋も止むだろう、命が尽きなければ。恋い続けても今日は過ごせるが、明日はどう暮らそう。夜更けに妹を思い出して、枕もそよぐほど嘆いた。正述心緒の歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(正に心緒を述ぶ)
- 1立立たちちちててて居居いててて立而居2881
- 2術術すべのののたどきたどきたどきももも爲便乃田時毛
- 3今今いまはははなしなしなし今者無
- 4妹妹いもににに逢逢あははわずずずててて妹爾不相而
- 5月月つきののの經經へぬれぬれぬればばば月之經去者
- 6逢逢あははわずずずしししててて不相而2882
- 7戀戀こひひいわたるわたるわたるともともとも戀度等母
- 8忘忘わすれれれめめめややや忘哉
- 9いやいやいや日日ひににに日日けにににははは彌日異者
- 10思思おもひひい益益ますすすともともとも思益等母
- 11外外よそ目目めにににももも外目毛2883
- 12君君きみががが光儀光儀すがたををを君之光儀乎
- 13見見みてててばばばこそこそこそ見而者社
- 14吾吾わががが戀戀こい止止やまままめめめ吾戀山目
- 15命命いのち死死しなななずずずははは命不死者
- 16戀戀こひひいつつつつつつももも戀管母2884
- 17今日今日きょうはははあらあらあらめめめどどど今日者在目杼
- 18玉玉たま匣匣くしげ玉匣
- 19明明あけけけなむなむなん明日明日あすををを將開明日
- 20いかにいかにいかに暮暮くらさらさらさむむん如何將暮
- 21さささ夜夜よふけふけふけててて左夜深而2885
- 22妹妹いもををを思思おもひひい出出で妹乎念出
- 23敷敷しき妙妙たえののの布妙之
- 24枕枕まくらもももそよそよそよににに枕毛衣世二
- 25嘆嘆なげきききつるつるつるかもかもかも嘆鶴鴨
現代語訳
〔2881〕立っても座っても、どうしようもない手がかりも、今はない。いとしい人に逢わないまま、月が過ぎてしまったので。
〔2882〕逢わないままで恋い続けても、忘れることがあろうか。いよいよ日ごとに、思いは増すとしても。
〔2883〕よそ目にでも、あなたの姿を見たならばこそ、私の恋も止むだろう。命が絶えずにいるならば。
〔2884〕恋い続けていても、今日はなんとか過ごせようが、(玉匣)明けてしまう明日を、どうやって暮らそうか。
〔2885〕夜が更けて、いとしい人を思い出し、(敷妙の)枕もそよぐほどに、嘆いたことだ。
意訳
正述心緒の歌の続きである。逢わずに月が過ぎて立っても座ってもいられない歌、思いがつのっても決して忘れないという歌、せめてよそ目にでも恋人の姿を見れば恋も静まるだろうという歌、今日はともかく明日をどう過ごそうかという不安、夜更けに恋人を思い出して枕もそよぐほど嘆く歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 術のたどき
- どうしようもない手がかり。
- 日に日に
- 「ひにけに」。日ごとに。
- 光儀
- 「すがた」。姿。
- 玉匣
- 「明け」にかかる枕詞。
- そよに
- そよそよと音を立てるほどに。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十二・相聞・2881〜2885番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 正述心緒。作者未詳。
修辞
- 枕詞
- 2884番の「玉匣」、2885番の「敷妙の」。
- 誇張
- 2885番の「枕もそよに」。
解説
2884番は、今日一日はなんとか耐えても、明日のことを思うと途方に暮れるという、恋の苦しさの実感を伝える。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、466頁(コマ26)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、539頁(コマ33)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日