万葉集 巻第十二 2877〜2880番
何時となも 戀ひずありとは
いつと決まって恋しくない時があるわけではないが、ひどくこの頃は恋が募る。共寝した夜の物思いに裂けた胸は休まる時がない。空を行くような噂の名も惜しくない、逢えない日が重なり年が過ぎたので。現実に今も見たい、夢で袂を巻いて寝るのを見るのは苦しい。正述心緒の歌四首。
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題詞(正に心緒を述ぶ)
- 1何時何時いつとととなななももも何時奈毛2877
- 2戀戀こひひいずずずありありありとととははは不戀有登者
- 3あらあらあらねねねどもどもども雖不有
- 4うたてうたてうたて此此こののの頃頃ごろ得田直比來
- 5戀戀こいののの繁繁しげしししももも戀之繁母
- 6ぬばたまぬばたまぬばたまののの黑玉之2878
- 7宿宿いねねねてててししし晩晩よいののの宿而之晩乃
- 8物物もの思思もいににに物念爾
- 9割割さけけけにににししし胸胸むねははは割西胸者
- 10息息やむむむ時時ときもももなしなしなし息時裳無
- 11みみみ空空そら行行ゆくくく三空去2879
- 12名名なののの惜惜おしけくしけくしけくももも名之惜毛
- 13吾吾われははは無無なししし吾者無
- 14逢逢あははわぬぬぬ日日ひ數多數多まねくくく不相日數多
- 15年年としののの經經へぬれぬれぬればばば年之經者
- 16現現うつつにににももも得管二毛2880
- 17今今いまももも見見みてててしかしかしか今見牡鹿
- 18夢夢いめのみのみのみににに夢耳
- 19袂袂たもと纏纏まききき宿宿ぬととと手本纏宿登
- 20見見みれれればばば苦苦くるしししももも見者辛苦毛
現代語訳
〔2877〕いつと決まって恋しくない時があるというわけではないけれど、ひどくこの頃は、恋しさが募ることだ。
〔2878〕(ぬばたまの)共寝したあの夜の物思いのために、裂けてしまった胸は、休まる時もない。
〔2879〕空を行くように広まる噂の名が惜しいことも、私にはもうない。逢えない日が重なって、年が過ぎてしまったので。
〔2880〕現実に、今すぐにでも逢いたいものだ。夢の中でばかり袂を巻いて共寝すると見るのは、苦しいことだ。
意訳
正述心緒の歌の続きである。いつも恋しいがこの頃は特に恋しさが募る歌、共寝した夜の物思いに胸が裂けたままの歌、逢えないまま年が過ぎ、もう噂など惜しくないという開き直り、夢で共寝するのはかえって苦しく、現実に逢いたいという歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 何時となも
- いつと決まって。
- うたて
- ひどく、いよいよ。白文は「得田直」と書く。
- 割けにし胸
- 物思いで裂けてしまった胸。
- 數く
- 「まねく」。数多く。
- 見てしか
- 見たいものだ。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十二・相聞・2877〜2880番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 正述心緒。作者未詳。
修辞
- 誇張
- 2878番の「割けにし胸」。
- 対照
- 2880番は「現」と「夢」を対比する。
- 戯書
- 2880番の白文は「今見牡鹿」(しか)と書く。
解説
2880番は、夢で逢えても目覚めれば独りであることのつらさを詠み、夢の逢瀬を願う多くの歌とは逆の心を表している。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、466頁(コマ26)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、538頁(コマ33)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日